俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 ――遡ること、20分前(11月第4日曜日の23時過ぎ)。


「アンタも、キスして欲しいの?」

 今年のF1グランプリ王者を祝うパーティーが、ここドバイ(最終戦の地/最寄り空港)のホテルで行われていた。
 その会場にいた彼は、今や世界のトップレーサーとしても名高い。
そして、ドライビングテクニックだけでなく、世界中の女性を虜にするほど甘いマスクでも有名だ。

 そんな彼なら、3週間ほど前に受けた心の傷を上書きしてくれるんじゃないかと。
 彼がテラスで金髪美女と濃厚なキスをしているのを無意識に眺めていた。
 
「随分と自信があるのね」
「……」
「私を満足させられる男は、そうはいないわよ?」
「フッ…」

 普段なら絶対にしない言動。
見知らぬ人のキスの情事を眺めるだなんて、破廉恥極まりないし、煽る行為も初めてだ。

 ドバイという別世界の景観に思考が麻痺したのか。
それとも、あまりにも美しすぎる美貌に麻痺させられてしまったのか。
気づけば、挑発とも取れる言葉を口にしていた。

 周りにひた隠しにして2年交際してきた恋人に裏切られ、担当する番組も奪われた。
それも、可愛がっていた後輩に。

 失恋は新しい恋で上書きするのが一番だと誰かが言ってたけど。
 私は新しい恋がしたいわけじゃない。

 この張り裂けそうな苦痛を、一瞬でも紛らわせたいだけ。
 あわよくば、人生をリセットして。
 過去の想い出として、蓋がしたかっただけ。

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