俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
傷心して心に傷を抱えた女でも、ここまで目は死んでない。
海外生活が長いから、色んな国の酒場に顔を出すけど。
傷心しきっている女は酒に吞まれているか、自暴自棄になっているか。
はたまた、新しい男を物色しようと色気で攻めてくるような女ばかり。
この女は酒に呑まれてもいなくて、物色していたようにも見えない。
傷心はしているかもしれないが、やけになっているというほど思考を手放しているようには見えなかった。
どちらかと言えば、あえて危険な道を選び抜いているような。
自傷行為というのだろうか。
下手したら自殺でもしかねない、そんな危うさを感じた。
F1ドライバーがマシンに乗る度に何度も過るあの感覚。
ここでプッシュ(攻め)したらクラッシュして命を落とすかもしれないという、死と隣り合わせのあのリミット感。
それに向かう時の心臓を突き破る鋭敏な刺激。
それに似ていた感じがした。
首筋からツーっと指先を滑らせる。
シルクのように滑らかで、色白の肌。
女の寝顔を堪能したことはない。
やるだけやったら、早々に後腐れなく別れて来たから。
そう言えば、自宅に女を連れ込んだこと自体が初めてか。
飽きるほど女を抱いて来た俺でも、感じたことのない感覚がまだあったんだな。
(あっ、マジか)
女の胸元に、くっきりとした薔薇が刻まれている。
気づかぬうちに無意識にキスマークを付けていたようだ。
一夜限りの相手に、所有物だと記す行為はあえて避けて来たのに。
「調子狂うな…」