俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
翌日10時過ぎ。
「す、……凄く大きな施設ですね」
「そりゃあ、サーキットや試乗のためのコースバンク(傾斜のある周回コース)があるくらいだからね~」
雪村と共に『Blitz』の本拠地となる施設を訪れている羽禾。
あまりの敷地の広さに眩暈を覚えた。
「令子さん、私を置いてどこかに行ったりしないで下さいね?」
「え?」
「……私、超がつくほどの、方向音痴なんです」
眉根を下げて雪村の腕を掴む羽禾。
その姿はまるで、子犬がクゥ~ンと鼻を鳴らしているみたいだ。
「羽禾ちゃん、何でもできそうなのに、意外ね」
「幼い頃に母を亡くして、家の中での遊びが多かったので外で遊ぶのが怖くて。見知らぬ広々としたところにポツンといると、頭がパニックになるんです」
「各チームのベース基地も、どこもこんな感じだよ」
「えぇぇぇぇ~~っ」
「それに、チーム取材は最初のうちだけしか同行できないんだけど」
「はい?」
「私は私で受け持ってる仕事があるから、『取材のいろはを覚えたら、別行動で』って西野くんから言われてるの」
「……」
「大丈夫よ。どこのチームも女性には優しいし」
「それ、令子さんが美人だからですよ」
「何言ってるの、羽禾ちゃんの方が断然美人だから」
「ないないない」
女性スタッフには優しいと言われても、何の安心材料にもならない。
決められた時間内に、英語で取材するだけでもハードルが高いのに、F1の知識自体がほぼ皆無に等しい。