俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
【第5戦】バランスの調整
1月下旬のとある夜。
うす絹を纏った空が朧げに淡く光る。
「今日満月なんだって」
「曇ってない?」
「曇ってる」
「そりゃあ、残念」
羽禾は仕事のため帰国していて、父親が仕事で不在のため、親友の石井 芙実(26歳)のマンションにお邪魔している。
芙実は『月見酒が最高の贅沢だ』と豪語する、お月見愛好家。
芙実はシュンと項垂れ、カーテンを閉めた。
「そうだ。仕事、どう?イギリスには慣れた?」
「う~ん、最初の1週間は向こうにいたけど、その後に他のレーシングチーム廻りながら、こうして日本と海外を行き来してるから何とも言えない」
「メールで結構泣き入ってたけど、それは解決したの?」
「あ~、ううん、まだ」
芙実とは小学校からの仲で何でも話せる間柄だけど、雅人さんと別れたことは言えても、ドバイでの出来事はさすがに言えなかった。
『どうしても話し辛い人がいて。方向音痴なのもバレてるし、顔合わせづらい』
普段は弱音を吐いたりしない羽禾だが、芙実にはつい弱い部分を曝け出してしまう。
「表面上の付き合いは、別に苦手じゃないでしょ」
「……そうなんだけど」
「家の近所で迷子になったとかなら、羽禾らしいけど」
テレビ局には不特定多数の人が出入りする。
子役の子供から大御所の俳優、気難しいコメンテーター、ノリの軽いお笑い芸人、閣僚から海外の大物ゲストに至るまで。
これまで、難なくこなして来れた。