俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 ヨーロッパを中心としたレーシングチームの取材をしながら、間に日本での仕事が入っている。
 
 STVの動画チャンネルで担当している読み聞かせの仕事だったり、バラエティー番組のナレーションだったり。
イベントの司会の仕事もちょこちょこ入っていて、その度に長時間かけて帰国しているありさま。

 打ち合わせから収録、反省会や編集、情報収集や業務報告に至るまで。
それプラス、レーシングチームを取材したデータを移動時間を使って纏めたりしている。

 時差もさることながら、ぎゅっと詰め込まれた業務の多さに既に体が限界状態。

「明日病院に行って、薬貰っておいで」
「……うん」
「明後日にはまた海外なんでしょ?」
「うん、次はイタリア」
「アクティブすぎるよ。海外で倒れても駆けつけられないからね」
「分かってるよ」

 健康が取り柄の羽禾だが、さすがに芙実が心配になるほど顔色が悪い。
目の下のクマが取れないし、真っすぐ歩いているつもりなのに、芙実から見たら酔っ払いみたいにふらついてるらしい。

 リビングに湯張り完了を知らせるメロディーが響く。

「ゆっくり浸かっておいで」
「……うん」

 羽禾は浴室へと向かった。

**

 イタリアへと発つ前に会社へと寄り、月間報告書を提出。
 
 羽禾のポストを奪った張本人は既に退社した後のようで、アナウンス部に彼女の姿はなかった。

「笹森」
「西野さん」
「再来週に支社に顔出すから、飯でもどうだ」
「いいですね」
「じゃあ、また連絡するな」
「はい」

 確実に人生は進んでいる。
どんなに辛い出来事があったとしても、時は止まってないのだから。
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