俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
【開幕戦】予想外の展開
11月6日水曜日の10時過ぎ。
「笹森~、退社時間のところ、すまんっ!これから千葉に飛んでくれないか?」
「ロケですか?」
「田辺(アナウンサー2年目の男性アナ)が今朝虫垂炎で入院して、明日放送する分が間に合わなくて」
「いいですよ、私でよければ。田辺くん、大丈夫なんですか?」
「手術も無事に終えたみたいだから。代打、ホント、恩に着る!」
アナウンス部 情報番組担当主任の高津 宏弥(35歳)が拝むように両手を合わせた。
私、笹森 羽禾(26歳)は、早朝の情報番組『ベスト・モーニング』(略:ベスモニ)を担当して3年目。
早朝の5時スタートの番組だけれど、同時間帯の他局との視聴率を比べても、抜きん出ているほど番組自体は高視聴率を維持し続けていて、『朝の顔』として定着しつつある。
深夜1時過ぎに出勤し、大量の原稿チェックと打ち合わせをして、早朝4時からのリハーサル。
生放送の情報番組ということもあり、毎日緊張の連続だけれど、言葉にできないほどの充実感がある。
そして、8時の放送終了後にはスタッフと反省会をし、翌日の番組の打ち合わせを終え、漸く一息ついていたところだ。
普段は10時過ぎに退社し、深夜1時に出勤するために、夕方5時頃には就寝しなければならないのだけれど。
アナウンサー5年目の私は、まだまだ初心者マークの域。
担当する番組の他には、バラエティーのロケやナレーション、イベントの司会といったものが主な仕事だけれど、朝の情報番組のパーソナリティがメインだから、睡眠時間を確保するのは至難の業。
今日みたいに、突発的な仕事を割り振られることもよくあるし、大きな事故や事件が起きたりすると、現場に中継スタッフとして出ることも多々ある。
これが嫌なら、アナウンサーの仕事は続けられない。