俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 ピットは大抵どこのサーキットでもホームストレートの外側にあり、そこで作業が行われる。

 ドバイや資料動画で観たマシンと違い、派手な装飾が施されてない状態。
それがちょっと無機質な感じがして、ファクトリー独特の雰囲気が漂う。

「あの方は?」
「あの人が『Blitz』のレースエンジニアで、基くんのお父さんよ。凄くセクシーな人だから」
「え?」

 レーシングスーツの上にスタッフジャンパーを着て、ノートパソコンを見ながら、マイク付きヘッドフォンで指示を出している。
 マシンの総責任者(監督)というだけあって、遠目でも風格が漂って来る。

 ピットボックスの端からじーっと見つめていると、羽禾達の視線に気づいた加賀谷監督が会釈しながら羽禾達の方へと近寄って来た。

「スカイテレビの方ですよね」
「はい。初めまして、笹森と申します」
「初めまして、加賀谷といいます。令子さん、久しぶりだね」
「お久しぶりです。今シーズンもお世話になります」
「こちらこそ」

 ぎこちない手で名刺を差し出すと、微笑みながら受け取ってくれた。

「息子から凄い美人な方だと聞いてて、会えるのが楽しみだったんだよね」
「……ご期待に添えず申し訳ありません」
「と〜んでもない。噂通りの美人で。私に妻がいなかったら、今日のディナーにお誘いするところなんだけど」
「……あは、それは残念です」

(親子そろって曲者だ)

 落ち着いた声音にシルバーグレーの髪。
ダンディーな雰囲気に色気を加味していて、思わず見惚れてしまった。

「今日はゆっくりしていって」
「ありがとうございます。お世話になります」
「ね?セクシーだったでしょ?」
「……はい」
 
< 62 / 180 >

この作品をシェア

pagetop