俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 本当に健康な時なら、バンジーだろうがジェットコースターだろうが、連続トライできるくらい大丈夫なタイプなのだけれど。
さすがにこのところの体調不良の状態で、あの体験走行は無理がある。

 5分ほど蹲っていた羽禾は、漸く呼吸も落ち着き、瑛弦にアイコンタクトする。

「ゆっくり戻るから」
「……はい、お願いします」

 気を遣ってくれた彼は、助手席の窓を半分ほど開けてくれた。

 2月中旬の冷たい風なのに、彼の優しさが滲んでいるのか。
どことなく温かい感じがした。



「羽禾ちゃん、大丈夫?」
「……はい、もう大丈夫です」
「ごめんね、具合悪かったんだって?俺知らずに…」
「言わなかった私も悪いので、気にしないで下さい。少しの間でしたけど、体験できてよかったです。今度は万全の時に」

 ピットに戻って来た羽禾の元に、蒼ざめた基と心配そうな表情を浮かべる令子が駆け寄って来た。

 無線で連絡が入ってたようで、ピット内に重々しい空気が漂う。

「I'm sorry for worrying you. I'm okay now.」(ご心配お掛けして申し訳ありません。もう大丈夫です)

 羽禾が深々とお辞儀をして謝罪すると、ピットにいるスタッフから拍手が向けられた。
 『よく頑張ったね』という労いの拍手だ。

 一般人の女性がテスト走行とはいえ、プロが運転する車に同乗したのだから、彼らからしてみれば勇気のあるチャレンジだということに変わりはない。

 むしろ、近寄りがたかったエンジニアの人達でさえ、親近感が出たのだろう。
羽禾に向けられる視線が、ぐっと柔らかくなった気がした。
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