俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う


「司波さんっ」

 羽禾は、カバーがかけられている自分のマシンを少し離れた場所から無言で見つめている瑛弦に声をかけた。

 予選終了3時間後からマシンにはカバーがかけられ、レース(決勝)開始5時間前までモニターで監視され触れることができない。
 そもそも、予選でピットからマシンが出た時からレースが開始されるまでマシンの設定変更は基本的にできない。

 これを『パルクフェルメ』といい、モータースポーツにおけるマシンに対する不正作業防止のための「ルール」及び、そのルールが適用される「車両保管場所」、そしてルールが適用された「状態」の3つを指し示す。

 何らかのトラブルが発生した場合は、原因と思われるデータを国際自動車連盟(FIA)へ提示し、チェックさせて貰えるように要請する。
FIAから許可が下りなければ、チーム側はレース開始まで不安を抱えて過ごすことになるのだ。


「今、帰りか?」
「はい。司波さんは帰らないんですか?」
「いや、俺ももう帰る」

 予選で情けないタイムを出したばかりに、結果的にレースを8番目のグリッドからスタートすることになった瑛弦。
 身から出た錆だけに、自戒の念を込めて精神統一をはかっていたのだ。

 普段とは違う雰囲気の瑛弦に、羽禾はそれ以上の声をかけれずにいた。
 すると――。

「なぁ」
「はい」
「表彰台にのぼったら、俺とデートして」
「へ?」
「なんかむしゃくしゃして、集中できない」

 いつも強気な瑛弦が、初めて弱音を漏らした。

「いいですけど、デート代はもちろん司波さん持ちですよね?」
「……フッ、当たり前だろ」
「じゃあ、交渉成立ということで」
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