俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
(軽く蕎麦でも食べて帰ろうかな)
駅のコンコースにある立ち食い蕎麦。
全国にチェーン展開しているだけあって、安くて美味しいのが有難い。
羽禾はサラリーマンの男性陣に紛れて、きつね蕎麦を注文した。
あっさりめのつゆにしっかりと味がしみ込んだお揚げが乗っているのも好きだけれど、温泉卵が乗っているのが一番のお気に入り。
しかも、カフェや食事処とは違って、じろじろ見るような利用客は基本的にいない。
黙々と食事をし、わずか数分で店を出ていくのが立ち食い蕎麦の一番の利点だ。
「ありがとうございました~」
伊達眼鏡をかけ、首に巻いたストールを抓み上げて口元を隠す。
キー局のアナウンサーといっても、エースアナウンサーと言えるほどの知名度はない。
けれどここ3年ほどは、『お嫁にしたい女子アナ』『好感度の女子アナ』で3年連続10位内をキープしている。
だから、できるだけオフの時の素の自分を曝け出さないようにしている。
どこで誰が見ているかわからないから。
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「こんばんは」
「……こんばんは」
「今から少しお時間宜しいでしょうか?」
「……はい」
19時少し前に自宅マンションに到着した羽禾。
その羽禾のマンションのエントランスで、ビロードのような艶声の男性に呼び止められた。
「今日はお帰りが遅かったのですね」
「……はい。急なロケが入りまして」
「そうでしたか」
「あの……どれくらい…」
「……2時間ほどです」
「すみません」
「謝る必要はありません。約束していたわけではありませんので」
羽禾を乗せた黒塗りの高級セダン車は、軽快に走り出した。