俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
車を運転する男性とは面識がある。
けれど、知人、友人、恋人といった関係性ではなく。
勿論、仕事関係の人でもない。
こんな風に自宅前で待ち伏せされたり、急に呼び出されることも度々。
けれど、存外な対応もできない。
だって、彼は……。
「こちらになります」
「はい」
「お帰りの際はハイヤーを待機させておきますので」
「分かりました」
一見さんお断りでも有名な料亭。
その裏口に横付けされた車から降りた羽禾は、深呼吸して店の中へと向かった。
「失礼します。……遅くなり申し訳ありません」
「忙しい所、すまないね」
女将さんに案内された部屋にいたのは、この国の総務大臣でもある田崎 正一郎(61歳)。
威風堂々としている佇まはさすがだが、目尻に刻まれている笑いしわが柔らかい雰囲気をつくり出していて、現職の国会議員の中でもダンディなおじ様として絶大な人気があり、若者世代からも厚い支持を得ている。
「食事は?」
「先ほど済ませました」
「そうか」
羽禾を待っている間にお酒を飲んでいたのだろう。
お造りの盛り合わせが結構減っている。
「お注ぎします」
「悪いね」
馴れ馴れしく会話できる相手ではないことは重々承知している。
けれど田崎とはこの2年、家族のような時間を過ごして来た。
お猪口に注がれた日本酒をグイっと飲み干した田崎は、座椅子から立ち上がり、そして畳の上に正座した。
「本当に申し訳ない。……うちの愚息と別れて貰えないだろうか」
「………え?」