偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
序章
 出勤前の朝が穏やかであったことなどあるだろうか。いや、ない。
 朝食を終えた花青朱鳥(はなおあすか)は、ばたばたと準備をしていた。

 テレビは昨夜のトップニュースをまた報じていた。
『エカルダル共和国に赴任中の剱地恭匡(けんちやすまさ)外交官は現地で幼い女の子を誘拐した容疑がありますが、外交官特権を行使して逮捕を免れ……』

「滅べばいいのに」
 朱鳥は思わずつぶやいた。
 どうせ目的はろくでもないことだろう。
 少女は無事に保護され、今は心の傷を考慮してアメリカの祖父母の元にいるという。

 テレビはお役人の不祥事が大好きだ。飽きもせずに同じ内容を放送している。
 ちらりと見た画面には彼の写真が出ていた。三十過ぎと思われる人相の悪いイケメンだった。

 いくら美形でも変態な上にずるして逃げる男は絶対にごめんこうむりたい。
 外交官が海外に悪名を馳せるなんて致命的だ。逃げたところで二度と外務はできないだろう。

 化粧を終えると髪を一つで結んだ。
『二か月後、彗星が地球に最接近します。こちらの天文台では……』
 アナウンサーがにこやかに紹介を始める。
 彗星かあ。うちは三流以下のゴシップ雑誌だから、これ系の記事は載せてもらえないな。
 テレビを消して家を出る。
 それきり、外交官のことは忘れた。
 次に思い出すのは、一か月後だった。
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