偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛



 約束の土曜日、朱鳥は五分前に駅に着いた。
 彼はすぐに見つかった。
 背が高くて人目をひいた。カジュアルな服装が彼の魅力を引き立てている気がした。

 前髪を切ったらしく、さっぱりしている。先週はしていなかった眼鏡をかけていた。
 やはり顔を見られたくないのだろうか。気付いていることを悟られないようにしなくては。

 ざっと自分の服を見まわす。お気に入りのワンピースに二の腕を隠すカーディガン。メイクは流行を調べて練習してきた。バッグの中にはペン型カメラ。
 準備万端、と思いながら彼の前に行く。

 彼はにこっと笑って彼女を迎えた。
 それだけで、心臓が跳ねた。
 違う、これはときめきじゃない。ターゲットに近付いた緊張だから。
 自分に必死に言い聞かせる。

「かわいいね」
 言われて、また心臓が跳ねた。ぎこちなく笑顔を返す。
「ありがとうございます。あなたも素敵です」
 言ってから、彼を見る。

「約束です。名前を教えてください」
 彼は動揺もせず見返す。まっすぐに視線がぶつかる。

「……恭匡。今はそれだけで」
「恭匡さん」
 オウム返しに言う。声が緊張をはらんだ。くだんの外交官と同じ名だ。
「どうして今日は眼鏡を?」
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