偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
「そういう気分。似合わない?」
「似合ってます」
 正直、眼鏡姿も素敵だ。剣呑な目つきがやわらぎ、知的な雰囲気が増している。カジュアルさとのギャップがまたいいし、妙な色気があった。



 駅ビルの手頃な店でランチを済ませ、水族館に行った。
 出迎えるのは見上げるほどの大水槽にたくさんの魚たち。幻想的に差し込む光に、サンゴ礁にカラフルな小魚、大きなエイやうつぼ。ごたまぜに泳ぐ様は人の世界にも似ている。

「こんなにいてもぶつからないんですよね」
 水槽にはりついて眺める。この瞬間、特ダネなんて頭から消えていた。
 魚が泳いでいるだけなのに、どうして水族館は人をひきつけるのだろう。
 自分ももちろん、ひきつけられる一人だ。

「この水槽は人の罪かもしれないね」
 振り返ると、彼は無表情だった。
「捕まって閉じ込められて、それでも魚だから罪に問われない。人なら罪なのに」
 核心に触れることを言われ、朱鳥はどきっとした。

 どういうつもりで言ったのだろう。
 水槽を背にすると光を背にしたようになり、表情に翳りがあった。
 背後には閉じ込められた魚たち。人工の海とは知らず、彼らは生きている。

「魚は好き?」
 なにもなかったかのように聞かれ、朱鳥は戸惑う。
「見るのは好きです。食べるのは嫌いです」
「夜はお肉のおいしいところにしよう」
 彼の笑顔に、朱鳥の心臓がまた跳ねた。
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