偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛



 東京の片隅で、朱鳥は夏の日差しに灼かれた熱いベンチに座った。買ったばかりの缶コーヒーを開け、ぐびっと飲む。冷たさに喉が潤う。

 日曜日、街を行き交う人々の顔は太陽以上に明るい。友達と、恋人と、家族と。笑いあいながら歩く人たち。対する自分は。
ため息をついて、コーヒーを飲む。
 買い物に来たものの、まったく気分転換にはならない。素敵な服にもかわいい小物にもときめかない。

 陰鬱に昨日を思い出す。
 ごめん。凛子とつきあうことになったからさ。
 三か月の付き合いで、彼氏の川俣航平(かわまたこうへい)にふられた。彼からの告白だったのに。

 帆見(ほみ)アマンダ凛子(りんこ)は二カ月前に入社した事務員だ。母親がラテンアメリカの出身で、目鼻立ちのくっきりした美人だ。朱鳥と同じ二十八歳、航平の一つ下だ。背が高く、長い髪は濃茶でつややかにカールしている。さばさばしていて男性ウケがいい。彼ももれなく彼女の魅力に負けたのだ。

 朱鳥も航平も弱小出版社に勤めるライターだ。
 彼の仕事をたくさん手伝って来た。自分の仕事をさしおいて代筆したこともあった。ありがとう、とそのたびに笑顔を向けてくれたのに。

 考えてみればいつもお礼だけで、朱鳥の仕事を手伝ってくれたことはなかった。
 自分は本当に愛されていたのだろうか。

 その上さらに、と思い出す。
 上司である薮内勝則(やぶうちかつのり)に雷を落とされた。

「ほのぼの動物ニュースなんざいらねーんだよ! 女優の不倫とか、まともなもん書け!」
 朱鳥は一年契約で来月が更新だ。有用だと思われたくて動物ネタを提案したが、逆効果だった。

 この出版社は電子書籍で女性向けの下世話な週刊誌を作っている。
 仕事とわりきって芸能人の不倫や熱愛、乱行を書いてきた。だが、朱鳥が書きたいものではない。よその後追いで書くそれは、素人が作るまとめサイトとなにが変わるのだろうか。
< 2 / 58 >

この作品をシェア

pagetop