【書籍化】偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
 だが、いつまでたっても唇になにかが触れる様子はない。
「君は目的のためにそこまでするのか」
 目を開けると、恭匡が険しい顔をしていた。

「目的って」
「俺の情報が欲しいんだろ? 誘拐犯の今、とでも売り込むのか」
 それどころか自分で記事を書こうとしていた。きりりと胸が痛む。

 が、それを無視して彼の後頭部に手を伸ばした。
 引き下ろすようにして彼の唇に自分のそれを押し付け、目を閉じる。

 重ねただけだが、すぐに離れると彼が信じてくれないかもしれず、離れられなかった。
 戸惑う気配のあと、彼の舌が朱鳥に入って来た。やけになったような荒々しい口づけに、悲しみの気配があった。

 朱鳥はもう片方の手を彼の背に伸ばす。悲しみが少しでもやわらげばいい。そう思う自分に戸惑いながら。
 長いキスのあと、彼女は潤んだ瞳を彼に向ける。

「信じてくれた?」
「……そうだな」
 恭匡は皮肉な笑みを浮かべた。
「また会ってくれる?」
「恋人だろ」
 朱鳥を抱きしめて彼は言う。朱鳥は赤くなってうつむいた。

 だから気が付かなかった。
 抱きしめる彼の目が、暗く鋭く光るのを。
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