【書籍化】偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
「自分が危害を受ける可能性がありますから。難しい場合は警察に通報してください」
 違うのに。
 朱鳥はスマホでテレビ局のサイトを見る。ご意見・ご感想の欄をクリックして書き込む。

『外交官が誘拐するような動画ですが、あれは迷子の保護です。彼は駅前の交番に連れて行きました』
 駅の名前も書きこむ。主要テレビ局のすべてのサイトでそれを書いた。
 テレビ局が警察に取材をしてくれないだろうか。

 だけどそれはいつになるのだろう。無視される可能性もある。おいしいネタだと思わなければ動かないはずだ。あれは誤解でした、それはテレビ局にとって報道に値するだろうか。いつだって誤報の謝罪は気付かないほど短くてあっさりしている。あの程度にしかならないだろうか。

 あのお母さんが名乗り出てくれないだろうか。名前はなんと言ったか。
 自分で否定の記事を書く勇気はなかった。会社としては悪徳外交官の新たな誘拐疑惑として動画記事を出している。無実を訴える内容を書けば会社への背信だ。契約の更新は決してしてもらえないだろう。

 この期に及んで。
 朱鳥はぎりっと歯をくいしばった。
 こんなときでも自分の保身を考えてしまう。彼を助けたいのに。
 ジレンマに、頭をかきむしった。



 翌日、朱鳥は仕事を休んだ。
 駅ビルの四十階のカフェに行き、店長に会った。
「古倉美幸さんはこちらの会員ですね。連絡先を教えてもらえませんか?」

 動画を見直したおかげで女性の名前がわかった。彼を窮地に陥れた動画が役に立つなんて皮肉だった。
「お客様については一切お答えできません」
 店長はぴしゃりと断言した。
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