【書籍化】偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
『動画のことを警察に相談したけど、本人でないとダメみたい。あなたの名誉を守るためにも被害届を出して』
 返信は来なかった。当然だろう。普通なら仕事をしている時間だ。

 駅前のビジョンからはニュースが流れていた。
 外務省の前で誘拐に抗議する集団がいるという。
「嘘!」
 朱鳥は思わず駆け出した。

 
 朱鳥は霞が関に向かった。
 外務省の古びてくすんだ建物の前に人だかりがあった。プラカードを持ち、性犯罪者を処罰しろ、などと叫んでいる。

 違うのに。
 そう言いたいのに、喉がはりついたように声が出ない。
 彼ら彼女らが怖い。目がらんらんと光り、一心不乱に叫んでいる。
 あの集団に無実を訴えても、自分が餌食になるだけだ。
 気付かれないように、じりじりとあとじさる。
 距離ができたら踵を返し、必死に走って逃げた。



 気が付いたら日が傾いていた。
 そんなに時間がたっていたのかと、ため息をついた。
 いったんは逃げたものの、帰ることもできずに街を歩き回っていた。
 抗議集団はもう解散しているだろう。

 今なら彼に会えるだろうか。
 会う資格なんてないだろうけど。
 会ったら罵倒されるだろうか。
 だけど彼にはその資格がある。
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