【書籍化】偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
 ライターとしては致命的だ。もう二度と書く仕事はできないだろう。

 朱鳥はパソコンでエカルダル共和国のニュースサイトにアクセスした。翻訳にかけながら記事を読む。誘拐事件の真実を求めて、かけらでも手掛かりが欲しかった。

***

 恭匡は自宅のマンションでベッドに座り、ため息をついた。
 寮じゃなくて良かった。寮なら報道陣が押し寄せ、周囲に迷惑がかかっただろう。昨今はテレビ局や週刊誌だけではなく、報道きどりの素人配信者もいる。そいつらはなんの配慮もない。

 エカルダル共和国での誘拐は事実だ。逮捕されて審判を受けるべきだった。
 だが、当時の上司は外交官特権を使い、彼を逃がした。
 お前は間違ってない。捕まったら有罪にされる。だから逃げろ。外務省は辞めるな、約束だぞ。

 彼は外交官としての自分を育ててくれた恩人であり、尊敬する人だ。
 指示に従った結果、上司は失職し、自身は呼び戻されて窓際となった。
 友人と思っていた大半に手の平を返された。
 人を信じられなくなった。

 それでも、否、だからこそ上司との約束を果たすべく外務省にしがみついた。
 今となっては失敗だったとわかる。
 あのときに辞めていればこんなことにはならず、上司も辞めずに済んだかもしれない。

 少なくとも。
 朱鳥の撮影した動画をあの場で削除させるべきだった。彼女に悪意があるとは思えなくて、そこまで言えなかった。
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