【書籍化】偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
 タイミングがおかしい。自分を貶めるためなら、もっと早くにそうしたはずだ。

 こんな騒動になっては彼女の隣にはいられない。

 優秀なスパイだな、とあえて嫌味なメッセージを送った。
 なのに彼女は彼のために警察に赴き、相談したという。さらには被害届を勧められた。
 胸が熱くなった。自分を信じて行動してくれている。

 だがやはり、彼女と一緒にはいられない。巻き込みたくない。

 それに。
 さすがに今回は退職せざるを得ないだろうし、再就職は難しいだろう。
 今までは腐っても国家公務員だった。これからは誘拐犯で無職。そんな男と一緒にいたい女性がいるわけがない。

『悪事を告発できて良かったな』
 彼女を傷付けるのはわかっていた。が、自分の未練を断つためにも、そう送った。
 それ以降、メッセージは見なかった。

 これまで様々なメッセージが来ていた。気遣うものはわずか。心配を装って様子を探るもの、絶縁を言い渡すもの、誹謗するもの。この上彼女からの絶縁宣言なんて耐えられそうにない。

 もうすぐマンションにもメディアが殺到するだろう。引っ越しの準備をしなくては。どこか田舎へ……いっそアフリカにでも行けば、このわずらわしさから逃れられるだろうか。赤道ギニア共和国ならスペイン語が公用語だ。

 彼はテレビもネットも見ていなかった。
 だから現状がどうなっているのか、知る由もなかった。

 彼はスマホを手にとった。
 辞意を上司に伝えるために。
< 41 / 58 >

この作品をシェア

pagetop