偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
 何度目かわからないため息をつき、コーヒーを飲み干したときだった。
 視界の隅に、小さな女の子の姿が映った。三歳くらいだろうか。
 彼女は不安そうに通り過ぎる大人たちを見上げている。

 迷子?
 声をかけるべきか。でも不審者だと思われたらどうしよう。

 そう思い、気がつく。
 バッグの中にペン型カメラがある。フリーになるとき気分が高揚して買ってしまった。今まで役に立ったことはないが、常に持ち歩いている。これで撮影しながら近付けば、なにかあったときに迷子を保護しようとしただけとわかってもらえるだろう。

 空き缶をゴミ箱に捨て、黒い無骨なそれをカーディガンに差してスイッチを入れた。
 少女に向かうと、横から背の高い男性が現れた。三十すぎのようだ。顔を隠すような長い前髪だが、それでもイケメンなのが顔立ちからわかった。

 彼は迷いなく近付き、彼女の前でしゃがみこんだ。
「どうしたの? 迷った?」
 男性は優しく話し掛けている。
 女の子は表情を硬くして答えない。

「困ったな」
「あちらに交番があります」
 朱鳥はそう声をかけた。
 男性は驚いたように顔を上げる。

 逡巡を見せたあと、彼は言う。
「一緒に行ってもらえませんか」
「いいですよ」
 答えると、彼は口元に安堵を浮かべた。
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