偽装告白から始まる悪徳外交官の溺愛
「でも助かった。俺だけだと不審者だと思われかねなかった」
「今は厳しいですもんね」
 それきり、会話は途切れた。

 窓の下に目を向けると、夏に灼かれる街がよく見えた。灰色のビル群を縫うように小さくなった人々が歩いている。あの人たちにも人生があるんだよな、と当たり前のことを思う。

 顔を上げると晴れた空が心地よく見渡せた。ぼーっと眺めていると、失恋や契約更新の悩みなどちっぽけな気がしてくる。
 生活かかってるから切実なんだけど。

 小説のようなまろみのある文章やあでやかな文章などは書けない。それでも文字を書いて生活できている現状を捨てたくはなかった。
 どうにか評価をもらって、更新につなげなければ。
 女性ウケする、醜聞。
 会員制の高級な場所なら芸能人が……って、そんな都合よくいるわけないか。
 ため息をついて、居心地悪く座り直す。

「悩みごと?」
 男性に聞かれ、朱鳥は頷く。
「仕事もプライベートもうまくいかなくて」
「そういうとき、あるよね」
 男性は深く聞かずに頷く。

 そうだよね、と朱鳥は思う。赤の他人に「相談にのるよ」とか言うわけないし、聞かされたところで困るだろう。女性ウケする新しい醜聞ないですか。そんな問いに「ありますよ」なんて答える人がいるわけない。

「お待たせいたしました。アフタヌーンティーセットでございます」
 店員がおしゃれなワゴンを押して現れ、朱鳥は目を輝かせた。
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