君に初恋が届くまで

1.帰ってきたよ

 鏡にうつる自分を見ながら、ネクタイを締める彼女の名前は、春川(はるかわ)芽依(めい)。今日から竈山市立高等学校の一年生。リズミカルにスカートの折り目を直し、シャツの皺を手で払った。


 「うん……よし!いい感じ!」

 
 「私、この町に帰ってきたんだ……」


 鏡に向かい感傷に浸っていると、下の階から声が聞こえる。


 「芽依ちゃーん!ご飯できてるよー!」

 「はーい!今行く!!」


 扉を開ければ焼き魚のいい匂いが届いて、つい駆け足で階段を降りてしまった。


 「そんなに慌てなくても、ご飯は逃げませんよ」


 そう言ったおばあちゃんは、物腰がとても柔らかくて、母とは正反対な人。
 おばあちゃんこと、小々波(さざなみ)佳子(よしこ)は芽依の母方の祖母である。昔は着付けの師範代を勤めていたみたいだが引退し、最近はもっぱら趣味の生花に没頭している。



 いただきます、と二人で手を合わせ、お箸をとった。


 「芽依ちゃんが来てくれてから、ご飯も美味しく感じるよ」

 「私も!お母さんもお父さんも朝早いから、いつも朝ごはん一人だったの!だから嬉しい!」

 「まぁ!嬉しいこと言ってくれるのね。……あの頃がとても懐かしいわ」


 おばあちゃんは早くにおじいちゃんを亡くし、ずっと一人で暮らしていた。しかし芽依が産まれてすぐ父親の海外赴任が決まり、その間母と二人、この家に住んでいた。記憶を辿れば、いつもおばあちゃんがそばにいた……。そんなことを芽依は思い返していた。


 「今日からよろしくお願いします!私、家事とかなんでもするからね!!」

 「ふふふっ。いいのよ、それより芽依ちゃんは勉強頑張りなさい。せっかく希望の学校へ入れたんだから」

 「はーい!あ、もう時間……おばあちゃん!行ってくるね!!ご馳走様でした」



 カバンをとり、もう一度玄関の鏡で身だしなみを整える。肩についた髪が少しはねていることに気づいて少し気分が下がったが、もう時間がない。


 「芽依ちゃん。高校入学おめでとう!いってらっしゃい」

 「うん!!行ってきます!!」

 芽依は満面の笑顔で返した。

 今日から高校生。きっと素敵な一日になる。
 そして、"ゆうくん"にもいつか会える……

 そう期待に胸を膨らませ、学校へと向かった。



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