【完結】悪役令嬢に転生したけど、ヒロインの子が可愛すぎたので、こっそり狙うことにした
わたし、藍沢萌は、乙女ゲーム、「ヒストリアオブプリンセス」、通称「ヒスプリ」にハマっていた。
わたし、友達がいない引きこもりだから、毎日「ヒスプリ」をして、推しに会うのが楽しみだったの。
でも、わたしの推しはヒロインのアイリス。
わたしにとって、彼女が攻略する男たちは、彼女を引き立たせるための脇役にすぎなかった。
だって、アイリスって本当にかわいいんだもの。
ウェーブのかかったの金色の髪に、透き通るような青い瞳。
愛らしい表情と仕草。
すべてがわたしの理想どおりのキャラクターなの。
それに、わたしの大好きだった妹になんとなく雰囲気が似てるから。
このヒロインも、妹キャラだし。
あー、このゲームの世界に入れたらなあ。
どうせ、現実のわたしは何もできない引きこもり。
わたしの面倒をみてくれてる母さんが死んだら、生きていく方法なんてない。
そう思っていたら、本当に死んでしまったの。
交通事故だった。
無理して働いていた母さんが居眠り運転をしてしまったらしく、車が反対車線にはみ出して、トラックと正面衝突。
即死だった。
わたしの家族は離婚してて、わたしの大切な妹は、父親に引き取られた。
だから、母親がわたしに残された唯一の家族だった。
もう、生きるすべをなくしてしまったわたしは、みずから命を絶つことにした。
楽に死ねる方法を調べてみたけど、やっぱり●吊りが一番楽みたい。
本当は死ぬのなんて嫌だけど、もう、食べるものもない。
もちろん、お金もない。
生きるってこんなに大変だったんだね。
パ●活出来るほど、容姿も良くないし、そもそもコミュ障で対人恐怖症なわたしには、そんなことできるはずもない。
それもこれも、あいつのせいだ。
父親だったあいつが、わたしを性の捌け口にしたからだ。
おかげで、わたしはアラサーになった今でも、現実の男の人とは目を合わすことも出来なくなっていた。
ゲームの中では、みんな楽しそうに生きてるのになあ。
ゲームの中の推しに会いたかったなあ。
ふふ、もう手遅れだけどね。
なかなか●吊る勇気もなかったから、スーパーで●●●●●●をもらってきた。
これを袋にいれて、全部溶かして●●●●●の気体にしてから一気に吸うと、酸欠になって一瞬で意識が飛ぶみたい。
高濃度の●●●●●を吸うと一瞬で意識が飛ぶから、動物を●処分する時に、苦しまずに●すために吸わせてるみたい。
ま、人間のわたしも動物と同じだから、これを吸えば意識が飛んで、苦しまずに死ねるっしょ。
●にロープをかけて袋の中の●●●●●を一気に吸って、酸欠で意識が飛んだら、●が絞まってあの世行き。
うん、完璧だわ。
そんなことを考えていたら、悲しくなってしまって、涙が止まらなくなってしまった。
どうして、こんなことになったんだろう。
本当にさみしくて、推しのアイリスを思い浮かべた。
そしたら、わたしは無意識に下着の中に手を入れて、自分の一番大事なところを触っていた。
本当に気持ちよくて、手が止まらなくなって、アイリス、アイリスって声をあげながら、気持ち良すぎて何度も意識が飛びそうになった。
最初からこうすればよかった。
あ、やば。
●にロープかけてたの忘れてた。
ま、いいや。
このまま気持ちよく逝けるなら。
大好きな推しのこと、考えながら、逝けるなら、それでいいや。
ほんと好きだったよアイリス。
愛してる。
そして、わたしの大切な妹へ。
わたしの分まで、生きて、人生を楽しんでね。
さよなら。
そこでわたしの意識は飛んだ。
だけど、その寸前に、誰かの声が聞こえた気がした。
「ぱんぱかぱーんっ!」
◇◇◇
次に意識が戻った時、わたしは「ヒスプリ」の世界にいた。
ゲームの中で見た世界と、まったく同じ光景が目の前にひろがっていたのだ。
え、これって、ゲームの中の世界じゃん。
わたし、ゲームの中に転生したってことなの?
わたしは、何故かすぐに状況を理解できた。
「ぱんぱかぱーんっ! あなたはゲームの世界に転生されましたー」
突然わたしの目の前に巫女のような姿をした可愛らしい女の子が現れて、説明を始めた。
「ふふ、知ってるよ。だってわたし、このゲーム、数え切れないほどプレイしたんですもの」
「あらー、そうだったのですねー。わたしはヒスイでーす。一応神様やってまーす。ふふ、この世界にあなたを転生したのは、わたしなんですよー」
確かに、このヒスイちゃんは名前のとおり、翡翠のように鮮やかなエメラルドグリーンの色の髪に、緑がかった青い瞳をしていて、明らかに日本人離れした、というか人間ではないような雰囲気をしていた。
「なるほど。ありがとね、ヒスイちゃん。でも大丈夫。あとはわたしが自分でなんとかするわ」
「はーい、わっかりましたー。それじゃ、わたしはあなたのこと、見守ってますねー。何かあったら、声かけてくださいね」
このゲームのことは、わたしが一番よく知っているからね。
あなたがいなくても、何も問題は無いわ。
ふふ、それしても、鏡を見るのが楽しみだわ。
わたしは一体どんなキャラになっているのかしら?
その後、鏡を見たわたしは少しだけがっかりした。
わたしは、このゲーム世界の、いわゆる悪役令嬢になっていたからだ。
このゲームでは、このキャラはヒロインのアイリスのライバルとなって、彼女に嫌がらせをするキャラだ。
そして、最後は非業の死を遂げるのだ。
ジュリアだったかあ。
ま、わたしにはお似合いだね。
何故か、ジュリアとしての記憶がないけれど、このゲームの情報は全て頭の中に残っていたから、問題はなさそうだった。
◇◇◇
いやあ、尊い。なんて尊い姿なの。
アイリスを見た瞬間、わたしは感動して涙を流してしまった。
自分の推しだったキャラが、確かに目の前に存在するのだ。
もう、悪役令嬢に転生したことなど、どうでもよくなった。
彼女のためにこの世界での残りの人生を使おうと決めた。
とりあえず、表向きは、ゲームの内容と同じ行動を取ることにした。
ヒロインのライバルとして、攻略対象のキャラを奪い合うのだ。
……なんてね。
アイリスを推してるわたしが、そんなことすると思う?
どうせ、このままゲームのとおりにお話が進行すれば、私が転生したジュリアはクーデター計画の関係者の濡れ衣を着せられて、処刑される。
どうせ死ぬ運命なのだから、アイリスを守って死ぬことにした。
そこで、わたしは、アイリスを守るために、彼女のロイヤルガードになることを決めた。
ロイヤルガードになるためには、とある人物の推薦がいる。
王子たちの剣術指南をしていて、国王ともコネがあるジークという男だ。
その男のもとを訪ねて、わたしは彼に手合わせをお願いした。
どうやら、ジュリアはこの世界の父親から剣術を仕込まれてたみたいだけど、それ以上に、わたしにはこの世界の全てのスキルの知識があるからね。
それに、このジークがどんな技を使うのか、どんなふうに動くのか、そして彼の弱点まで、わたしの頭の中に全てインプットされている。
だから、このジークに勝つのは簡単だった。
彼が縦に振り下ろしてきた剣を斜め右に動いて回避したわたしは、彼の左足を素早く薙ぎ払って、転倒させた。
そして、彼の首元に剣の切先を突きつけた。
彼はわたしのような小娘に一瞬で倒されたのが悔しかったようで、何度も再戦を申し込んできた。
まあ、彼が諦めるまで、何回も地面に叩きつけて、剣を喉元に突きつけてやったけど。
彼は、自身の剣術に頼りすぎていて、他の体術を防ぐ技術を身につけてこなかった。
だから、わたしはただ彼の振るう剣をかわして、彼の動きを上手く利用しながら足を払って転倒させるだけで、彼に勝つことが出来た。
彼の剣の動きのパターンは、全てわたしの頭の中に記憶されているから、すでに剣術を会得しているジュリアの身体なら、彼の剣を見切ることなど、造作もなかった。
こうして、わたしはジークに実力を見せつけて、ロイヤルガードへの推薦状を書かせることに成功した。
晴れて、ロイヤルガードの一員となれたわたしは、護衛としてアイリスのそばにいることを許されるようになった。
それにしても、アイリスはかわいい。
みているだけで、わたしは心が満たされるの。
だから、ロイヤルガードとして、可能な限り、アイリスの近くで過ごして、彼女の生き様をこの目に焼き付けることにした。
ジークから実力を認められていたわたしは、すぐにアイリスを守るロイヤルガードの隊長に任命された。
◇◇◇
さて、ここで一度頭の中を整理しよう。
このゲームの攻略対象は六人の男性。
大富豪グレイグ家の御曹司ビンセント、アイリスの幼馴染の冒険者ナッシュ、上流貴族オーウェル家の当主クラウス、大司祭のセルジュ、騎士団長ランディ、そして、この国の第三王子のリオンだ。
この六人の中で一番厄介なのが、第三王子のリオン。
アイリスがこの第三王子リオンとの禁断の愛のルート以外を選択した場合、リオンはランディという騎士団長を利用して、アイリスのことを暗殺しようとする。
彼は密かに王位を継ぐ野望を持っていて、自分以外の王位継承者を排除しようと考えているからだ。
状況次第では、アイリスが誘拐されるイベントや、彼女が殺されるイベントに突入してしまう。
そして、もう一人の攻略対象のランディ。
平民出身ながら、実力で貴族と同等の騎士団長の地位まで登り詰めた男。
リオンとは仲のよい親友のような関係に見えるけど、それは演技。
実は聖教会と裏で繋がっており、教皇の密命を受けて行動している。
リオンに近づいて仲良くなったのも、彼を利用するため。
ランディルートでは、聖教会の介入によって、アイリス以外の王位継承者が暗殺される。
そして、ランディがアイリスの夫としてこの国の支配者となるのだ。
◇◇◇
「ねえ、ヒスイちゃん。ちょっと聞いてもいい?」
「はーい、何でしょう?」
「わたし、このゲームの流れ、完全に無視しちゃったんだけど、これって何か悪い影響とかある?」
「うーん、この世界は萌さんの知ってるゲームそのものの世界とは少しだけ違うので、萌さんが知ってるゲームの展開とは違くなるんじゃないですかー。ま、現実の世界と一緒で、何が起こるかわからないってことですー」
「やっぱりね。でも、それでいいわ。この世界では、わたしが自分で運命を切り開いてやる。前の世界では無理だったけど。ここでなら、それを出来るだけの能力を持っているからね」
「ふふ、萌さんの好きにするといいですよー。そのための世界なんですからねー」
(だってここは、あなたの妹さんに依頼されて作った、あなたを幸せにするための世界ですからね。だから、自由に生きてくださーい)
◇◇◇
以下は、王都新聞に掲載された、王都グランセリアで頻発している失踪事件についての記事から抜粋した文章である。
【王都グランセリアで立て続けに要人が行方不明になっている。この1ヶ月の間に大富豪グレイグ家の御曹司ビンセント、オーウェル家の当主クラウスが行方不明となり、先週も、騎士団長ランディが行方不明になったことで話題になったが、ついに王族である第三王子リオン様まで行方不明となってしまった。国王グランセリア三世は、事態を重くみて、国軍に調査を命令した。これによって、軍では行方不明者の捜索に全力であたることを決定した】
◇◇◇
ついに私の大好きなリオン兄様まで行方不明になってしまった。
どうして?兄様が何をしたっていうの?
私は、悲しそうな顔をしながら、ロイヤルガードの隊長のジュリアに話しかけた。
「ついにリオンお兄様まで行方不明となってしまいました。何らかの事件に巻き込まれたのでしょうか?」
「アイリス様、お気持ちお察しいたします。ですが、ご安心ください。あなたはわたしたちロイヤルガードがかならずお守りしますので……」
ジュリアは、私を落ち着かせるように、手を握りながら、優しく話しかけてきた。
でも……。
どすんっ。
「ジュリア!! あなたがリオン兄様たちを殺したのね!!」
私は、隠し持っていたナイフでジュリアのお腹を刺した。
そして、ジュリアを睨みつけながら叫んだの。
「あなたは気づかなかったでしょうけど、わたしはね、身体に触れることで相手の心を読むことが出来る。そういう能力があるの。そして、兄様みたいにわたしも殺そうとしてるんでしょう? 殺されてたまるものですか!!」
私は、覚悟を決めてジュリアを睨みつけた。
「はははははは!!!」
突然、ジュリアが笑い出した。
「そうだよ。わたしが彼らを殺したんだよ。だってわたし、本当は【悪役令嬢】なんですもの!!!」
◇◇◇
「リオン様。わたしのことを好きになってくださったのですね。光栄ですわ。でもごめんなさい。わたしが愛しているのはアイリスただ一人だけ。申し訳ありませんが、あなたにはここで死んでいただきます」
「さあおいで、ナッシュくん。アイリスに手を出す前に、わたしがあなたを満足させてあげるわ」
(その代わり、愛の営みが終わったら、この世から消えてもらうからね)
◇◇◇
「一応わたしがテストしてあげたけど、全員不合格。みんなあなたには不釣り合いな、あなたにはふさわしくない男たちだったわ。だから殺してあげたの」
お腹を刺されたはずのジュリアが、微笑みながら私に語りかけてきた。
「……でもね。そんな殺人鬼のわたしが、あなたに殺されそうになることを想定していなかったと思う?」
ジュリアは、鎖帷子を服の下に着込んでいた。
だから、私が彼女のお腹に突き立てようとした刃は、彼女の腹の奥までは到達出来なかった。
だから、致命傷にはならずに、彼女は無事だった。
「もちろん知ってたわよ。あなたの能力もね。だから、きちんと対策させてもらったわ。ふふ、わたしを殺そうとした時のあなたの顔、よかったわよ。やっぱりあなたは最高ね」
ジュリアは、自身の血で真っ赤に染まった手で怯える私の髪を掴んで、強引にキスをしながら、私を押し倒した。
「感謝してよね。あなたのこと、守ってあげたのは、本当なんだから。みんな、あなたのこと、利用しようとしていたクズ男どもだったんだから。ふふ、安心して。あいつらの代わりにわたしが愛してあげるわ。永遠にね」
その様子をこっそりと覗いていたヒスイちゃんが呟いた。
「どうやら萌さんは想い人と結ばれたようですね。よかったですー。わたしもがんばってこの世界を作った甲斐がありましたー」
◇◇◇
数日後、王都新聞に新たな記事が掲載された。
【またしても王族関係者の失踪事件が発生した。今回行方不明となったのは、王女アイリスと、彼女の護衛でロイヤルガード隊長のジュリア。市民の間では、この国の王位継承問題が関係しているのではと噂している者もいる。いずれにせよ、調査を行っている国軍がこの事件を早急に解決することに期待したい】
その記事を読みながら苦い顔をする一人の男がいた。
「魔女カッサンドラに滅ぼされたベルマリク王国に続いて、この世界でも問題が起きるとはねえ。これ以上やるとあのお方が黙っちゃいませんぜ、ヒスイちゃん」
そう話すと、彼はこのヒスイの作り出した世界から別の世界へと転移した。
わたし、友達がいない引きこもりだから、毎日「ヒスプリ」をして、推しに会うのが楽しみだったの。
でも、わたしの推しはヒロインのアイリス。
わたしにとって、彼女が攻略する男たちは、彼女を引き立たせるための脇役にすぎなかった。
だって、アイリスって本当にかわいいんだもの。
ウェーブのかかったの金色の髪に、透き通るような青い瞳。
愛らしい表情と仕草。
すべてがわたしの理想どおりのキャラクターなの。
それに、わたしの大好きだった妹になんとなく雰囲気が似てるから。
このヒロインも、妹キャラだし。
あー、このゲームの世界に入れたらなあ。
どうせ、現実のわたしは何もできない引きこもり。
わたしの面倒をみてくれてる母さんが死んだら、生きていく方法なんてない。
そう思っていたら、本当に死んでしまったの。
交通事故だった。
無理して働いていた母さんが居眠り運転をしてしまったらしく、車が反対車線にはみ出して、トラックと正面衝突。
即死だった。
わたしの家族は離婚してて、わたしの大切な妹は、父親に引き取られた。
だから、母親がわたしに残された唯一の家族だった。
もう、生きるすべをなくしてしまったわたしは、みずから命を絶つことにした。
楽に死ねる方法を調べてみたけど、やっぱり●吊りが一番楽みたい。
本当は死ぬのなんて嫌だけど、もう、食べるものもない。
もちろん、お金もない。
生きるってこんなに大変だったんだね。
パ●活出来るほど、容姿も良くないし、そもそもコミュ障で対人恐怖症なわたしには、そんなことできるはずもない。
それもこれも、あいつのせいだ。
父親だったあいつが、わたしを性の捌け口にしたからだ。
おかげで、わたしはアラサーになった今でも、現実の男の人とは目を合わすことも出来なくなっていた。
ゲームの中では、みんな楽しそうに生きてるのになあ。
ゲームの中の推しに会いたかったなあ。
ふふ、もう手遅れだけどね。
なかなか●吊る勇気もなかったから、スーパーで●●●●●●をもらってきた。
これを袋にいれて、全部溶かして●●●●●の気体にしてから一気に吸うと、酸欠になって一瞬で意識が飛ぶみたい。
高濃度の●●●●●を吸うと一瞬で意識が飛ぶから、動物を●処分する時に、苦しまずに●すために吸わせてるみたい。
ま、人間のわたしも動物と同じだから、これを吸えば意識が飛んで、苦しまずに死ねるっしょ。
●にロープをかけて袋の中の●●●●●を一気に吸って、酸欠で意識が飛んだら、●が絞まってあの世行き。
うん、完璧だわ。
そんなことを考えていたら、悲しくなってしまって、涙が止まらなくなってしまった。
どうして、こんなことになったんだろう。
本当にさみしくて、推しのアイリスを思い浮かべた。
そしたら、わたしは無意識に下着の中に手を入れて、自分の一番大事なところを触っていた。
本当に気持ちよくて、手が止まらなくなって、アイリス、アイリスって声をあげながら、気持ち良すぎて何度も意識が飛びそうになった。
最初からこうすればよかった。
あ、やば。
●にロープかけてたの忘れてた。
ま、いいや。
このまま気持ちよく逝けるなら。
大好きな推しのこと、考えながら、逝けるなら、それでいいや。
ほんと好きだったよアイリス。
愛してる。
そして、わたしの大切な妹へ。
わたしの分まで、生きて、人生を楽しんでね。
さよなら。
そこでわたしの意識は飛んだ。
だけど、その寸前に、誰かの声が聞こえた気がした。
「ぱんぱかぱーんっ!」
◇◇◇
次に意識が戻った時、わたしは「ヒスプリ」の世界にいた。
ゲームの中で見た世界と、まったく同じ光景が目の前にひろがっていたのだ。
え、これって、ゲームの中の世界じゃん。
わたし、ゲームの中に転生したってことなの?
わたしは、何故かすぐに状況を理解できた。
「ぱんぱかぱーんっ! あなたはゲームの世界に転生されましたー」
突然わたしの目の前に巫女のような姿をした可愛らしい女の子が現れて、説明を始めた。
「ふふ、知ってるよ。だってわたし、このゲーム、数え切れないほどプレイしたんですもの」
「あらー、そうだったのですねー。わたしはヒスイでーす。一応神様やってまーす。ふふ、この世界にあなたを転生したのは、わたしなんですよー」
確かに、このヒスイちゃんは名前のとおり、翡翠のように鮮やかなエメラルドグリーンの色の髪に、緑がかった青い瞳をしていて、明らかに日本人離れした、というか人間ではないような雰囲気をしていた。
「なるほど。ありがとね、ヒスイちゃん。でも大丈夫。あとはわたしが自分でなんとかするわ」
「はーい、わっかりましたー。それじゃ、わたしはあなたのこと、見守ってますねー。何かあったら、声かけてくださいね」
このゲームのことは、わたしが一番よく知っているからね。
あなたがいなくても、何も問題は無いわ。
ふふ、それしても、鏡を見るのが楽しみだわ。
わたしは一体どんなキャラになっているのかしら?
その後、鏡を見たわたしは少しだけがっかりした。
わたしは、このゲーム世界の、いわゆる悪役令嬢になっていたからだ。
このゲームでは、このキャラはヒロインのアイリスのライバルとなって、彼女に嫌がらせをするキャラだ。
そして、最後は非業の死を遂げるのだ。
ジュリアだったかあ。
ま、わたしにはお似合いだね。
何故か、ジュリアとしての記憶がないけれど、このゲームの情報は全て頭の中に残っていたから、問題はなさそうだった。
◇◇◇
いやあ、尊い。なんて尊い姿なの。
アイリスを見た瞬間、わたしは感動して涙を流してしまった。
自分の推しだったキャラが、確かに目の前に存在するのだ。
もう、悪役令嬢に転生したことなど、どうでもよくなった。
彼女のためにこの世界での残りの人生を使おうと決めた。
とりあえず、表向きは、ゲームの内容と同じ行動を取ることにした。
ヒロインのライバルとして、攻略対象のキャラを奪い合うのだ。
……なんてね。
アイリスを推してるわたしが、そんなことすると思う?
どうせ、このままゲームのとおりにお話が進行すれば、私が転生したジュリアはクーデター計画の関係者の濡れ衣を着せられて、処刑される。
どうせ死ぬ運命なのだから、アイリスを守って死ぬことにした。
そこで、わたしは、アイリスを守るために、彼女のロイヤルガードになることを決めた。
ロイヤルガードになるためには、とある人物の推薦がいる。
王子たちの剣術指南をしていて、国王ともコネがあるジークという男だ。
その男のもとを訪ねて、わたしは彼に手合わせをお願いした。
どうやら、ジュリアはこの世界の父親から剣術を仕込まれてたみたいだけど、それ以上に、わたしにはこの世界の全てのスキルの知識があるからね。
それに、このジークがどんな技を使うのか、どんなふうに動くのか、そして彼の弱点まで、わたしの頭の中に全てインプットされている。
だから、このジークに勝つのは簡単だった。
彼が縦に振り下ろしてきた剣を斜め右に動いて回避したわたしは、彼の左足を素早く薙ぎ払って、転倒させた。
そして、彼の首元に剣の切先を突きつけた。
彼はわたしのような小娘に一瞬で倒されたのが悔しかったようで、何度も再戦を申し込んできた。
まあ、彼が諦めるまで、何回も地面に叩きつけて、剣を喉元に突きつけてやったけど。
彼は、自身の剣術に頼りすぎていて、他の体術を防ぐ技術を身につけてこなかった。
だから、わたしはただ彼の振るう剣をかわして、彼の動きを上手く利用しながら足を払って転倒させるだけで、彼に勝つことが出来た。
彼の剣の動きのパターンは、全てわたしの頭の中に記憶されているから、すでに剣術を会得しているジュリアの身体なら、彼の剣を見切ることなど、造作もなかった。
こうして、わたしはジークに実力を見せつけて、ロイヤルガードへの推薦状を書かせることに成功した。
晴れて、ロイヤルガードの一員となれたわたしは、護衛としてアイリスのそばにいることを許されるようになった。
それにしても、アイリスはかわいい。
みているだけで、わたしは心が満たされるの。
だから、ロイヤルガードとして、可能な限り、アイリスの近くで過ごして、彼女の生き様をこの目に焼き付けることにした。
ジークから実力を認められていたわたしは、すぐにアイリスを守るロイヤルガードの隊長に任命された。
◇◇◇
さて、ここで一度頭の中を整理しよう。
このゲームの攻略対象は六人の男性。
大富豪グレイグ家の御曹司ビンセント、アイリスの幼馴染の冒険者ナッシュ、上流貴族オーウェル家の当主クラウス、大司祭のセルジュ、騎士団長ランディ、そして、この国の第三王子のリオンだ。
この六人の中で一番厄介なのが、第三王子のリオン。
アイリスがこの第三王子リオンとの禁断の愛のルート以外を選択した場合、リオンはランディという騎士団長を利用して、アイリスのことを暗殺しようとする。
彼は密かに王位を継ぐ野望を持っていて、自分以外の王位継承者を排除しようと考えているからだ。
状況次第では、アイリスが誘拐されるイベントや、彼女が殺されるイベントに突入してしまう。
そして、もう一人の攻略対象のランディ。
平民出身ながら、実力で貴族と同等の騎士団長の地位まで登り詰めた男。
リオンとは仲のよい親友のような関係に見えるけど、それは演技。
実は聖教会と裏で繋がっており、教皇の密命を受けて行動している。
リオンに近づいて仲良くなったのも、彼を利用するため。
ランディルートでは、聖教会の介入によって、アイリス以外の王位継承者が暗殺される。
そして、ランディがアイリスの夫としてこの国の支配者となるのだ。
◇◇◇
「ねえ、ヒスイちゃん。ちょっと聞いてもいい?」
「はーい、何でしょう?」
「わたし、このゲームの流れ、完全に無視しちゃったんだけど、これって何か悪い影響とかある?」
「うーん、この世界は萌さんの知ってるゲームそのものの世界とは少しだけ違うので、萌さんが知ってるゲームの展開とは違くなるんじゃないですかー。ま、現実の世界と一緒で、何が起こるかわからないってことですー」
「やっぱりね。でも、それでいいわ。この世界では、わたしが自分で運命を切り開いてやる。前の世界では無理だったけど。ここでなら、それを出来るだけの能力を持っているからね」
「ふふ、萌さんの好きにするといいですよー。そのための世界なんですからねー」
(だってここは、あなたの妹さんに依頼されて作った、あなたを幸せにするための世界ですからね。だから、自由に生きてくださーい)
◇◇◇
以下は、王都新聞に掲載された、王都グランセリアで頻発している失踪事件についての記事から抜粋した文章である。
【王都グランセリアで立て続けに要人が行方不明になっている。この1ヶ月の間に大富豪グレイグ家の御曹司ビンセント、オーウェル家の当主クラウスが行方不明となり、先週も、騎士団長ランディが行方不明になったことで話題になったが、ついに王族である第三王子リオン様まで行方不明となってしまった。国王グランセリア三世は、事態を重くみて、国軍に調査を命令した。これによって、軍では行方不明者の捜索に全力であたることを決定した】
◇◇◇
ついに私の大好きなリオン兄様まで行方不明になってしまった。
どうして?兄様が何をしたっていうの?
私は、悲しそうな顔をしながら、ロイヤルガードの隊長のジュリアに話しかけた。
「ついにリオンお兄様まで行方不明となってしまいました。何らかの事件に巻き込まれたのでしょうか?」
「アイリス様、お気持ちお察しいたします。ですが、ご安心ください。あなたはわたしたちロイヤルガードがかならずお守りしますので……」
ジュリアは、私を落ち着かせるように、手を握りながら、優しく話しかけてきた。
でも……。
どすんっ。
「ジュリア!! あなたがリオン兄様たちを殺したのね!!」
私は、隠し持っていたナイフでジュリアのお腹を刺した。
そして、ジュリアを睨みつけながら叫んだの。
「あなたは気づかなかったでしょうけど、わたしはね、身体に触れることで相手の心を読むことが出来る。そういう能力があるの。そして、兄様みたいにわたしも殺そうとしてるんでしょう? 殺されてたまるものですか!!」
私は、覚悟を決めてジュリアを睨みつけた。
「はははははは!!!」
突然、ジュリアが笑い出した。
「そうだよ。わたしが彼らを殺したんだよ。だってわたし、本当は【悪役令嬢】なんですもの!!!」
◇◇◇
「リオン様。わたしのことを好きになってくださったのですね。光栄ですわ。でもごめんなさい。わたしが愛しているのはアイリスただ一人だけ。申し訳ありませんが、あなたにはここで死んでいただきます」
「さあおいで、ナッシュくん。アイリスに手を出す前に、わたしがあなたを満足させてあげるわ」
(その代わり、愛の営みが終わったら、この世から消えてもらうからね)
◇◇◇
「一応わたしがテストしてあげたけど、全員不合格。みんなあなたには不釣り合いな、あなたにはふさわしくない男たちだったわ。だから殺してあげたの」
お腹を刺されたはずのジュリアが、微笑みながら私に語りかけてきた。
「……でもね。そんな殺人鬼のわたしが、あなたに殺されそうになることを想定していなかったと思う?」
ジュリアは、鎖帷子を服の下に着込んでいた。
だから、私が彼女のお腹に突き立てようとした刃は、彼女の腹の奥までは到達出来なかった。
だから、致命傷にはならずに、彼女は無事だった。
「もちろん知ってたわよ。あなたの能力もね。だから、きちんと対策させてもらったわ。ふふ、わたしを殺そうとした時のあなたの顔、よかったわよ。やっぱりあなたは最高ね」
ジュリアは、自身の血で真っ赤に染まった手で怯える私の髪を掴んで、強引にキスをしながら、私を押し倒した。
「感謝してよね。あなたのこと、守ってあげたのは、本当なんだから。みんな、あなたのこと、利用しようとしていたクズ男どもだったんだから。ふふ、安心して。あいつらの代わりにわたしが愛してあげるわ。永遠にね」
その様子をこっそりと覗いていたヒスイちゃんが呟いた。
「どうやら萌さんは想い人と結ばれたようですね。よかったですー。わたしもがんばってこの世界を作った甲斐がありましたー」
◇◇◇
数日後、王都新聞に新たな記事が掲載された。
【またしても王族関係者の失踪事件が発生した。今回行方不明となったのは、王女アイリスと、彼女の護衛でロイヤルガード隊長のジュリア。市民の間では、この国の王位継承問題が関係しているのではと噂している者もいる。いずれにせよ、調査を行っている国軍がこの事件を早急に解決することに期待したい】
その記事を読みながら苦い顔をする一人の男がいた。
「魔女カッサンドラに滅ぼされたベルマリク王国に続いて、この世界でも問題が起きるとはねえ。これ以上やるとあのお方が黙っちゃいませんぜ、ヒスイちゃん」
そう話すと、彼はこのヒスイの作り出した世界から別の世界へと転移した。