ズタズタに傷ついた私に滾る溺愛をくれたのは、美しい裸身の死神でした
なぜ死神は現れたのか
凛は慌てて品物を受け取り、憮然とした顔でドアの後ろに突っ立っている男を再び部屋に押し戻した。
「おねがいです。もうそんな格好でうろうろしないでください」
「俺だって好きでこんな姿をしてるんじゃない」
凛は拓斗が部屋に置いていたジャージの上下とボクサーパンツを男に渡した。
拓斗はそれほど背が低いわけではなかったが、体つきが華奢なため服のサイズはSだった。男がそれらに袖を通すと、トレーナーの袖は七分袖になり、ズボンに至ってはすねが丸出しになった。
「小さいですけど、これで我慢してください」
「まあ、いいだろう」
男はふうっとため息をつき、ソファに身を沈めた。
盗み見ればその横顔はあまりに美しくて、目を伏せたくなるような不思議な神々しさがあった。
身のこなしにはどことなく気品が感じられ、端正な顔立ちからも高貴な雰囲気が漂う。
凛はテーブルに配達された料理を並べていった。
ポテトを添えたローストチキン、モッツアレラチーズが乗ったサラダ、鯛のカルパッチョ。
どれも拓斗と一緒に選んだ料理だった。それを今、名前も知らない怪しい男の前に並べている。
不思議なことに男は、凛が夢想したまさに理想の男をそっくりそのまま具現化した肉体と顔を持っていた。
クリスマスの料理を一人で食べるより、自分の理想を絵に描いたビジュアルの男(その男の素性ははさておき)と食べるほうがましかもしれない、と凛は思い始めていた。
「さっき呼ばれていたが・・・お前の名前はスズカゼリンというのか」
男が尋ねた。
「はい。凛です」
「俺の名前は・・・」
男は言ってから、もどかしそうに唇を動かし、頬を右手で擦った。
「死神の世界での名前を言おうとしたが、この口だと、発音できない・・・」
男が本気で困っている様子だったので、凛は思わず笑ってしまった。
「わかりました、じゃあ、死神さんって呼ばせてもらいます。まずあなたのこと、ちゃんと説明してください」
凛は言って、男にフォークを渡した。
男は料理を口に運び、目を白黒させた後、うっとりと目を閉じた。ごくりと飲み込んだときに動いた喉元が、やけに色っぽい。
男は水を一口飲むと、話し始めた。
「お前が飛び降りようとしたとき、俺はこの部屋に現れた。お前が自殺しようとしていたから、自死の手助けをするためにだ」
「自死の手助け?」
「そうだ。でも俺はうっかりお前を生かしてしまった。これは、言いたくはないが死神としてはあり得ない大失態だ。お前の手を取った瞬間、俺はその処罰を下された。人間の器に、魂を封じられる、という形で。つまり、人間の死の妨害行為を行った罰だ」
「なんで私を生かしたんですか」
「よくわからないが、死なせてはいけないと思ってしまった。死神と言うのは人間を死の領域に送り込むとき、その人間と思考を共有する瞬間があるんだ。おまえ、落ちる直前に、死ねないって強く思っただろう。多分、そのせいだ。お前のせいだ」
「そんなこと言われても」
「それにしても、食べ物と言うのはこんなにうまいものなのか。俺には味覚が備わったらしい」
男は料理を次々と口に運んで豪快に食べた。
「こんなに食べ物がおいしいなら、人間は生きていて楽しいだろう。それに今夜は、世界中の誰もが幸せそうにすごす特別な日だ。なのにお前は、どうして死のうとしたんだ」
男にまっすぐ見つめられ、凛はうつむいたまま静かに答えた。
「言わなければいけませんか」
「ああ。俺をこんな姿にした責任だ。言え」
凛はため息をつき、あきらめたようにフォークをテーブルに置いた。そして、ベランダの柵に立つまでの経緯を説明するために、今日の昼休みの出来事を思い返した。
「おねがいです。もうそんな格好でうろうろしないでください」
「俺だって好きでこんな姿をしてるんじゃない」
凛は拓斗が部屋に置いていたジャージの上下とボクサーパンツを男に渡した。
拓斗はそれほど背が低いわけではなかったが、体つきが華奢なため服のサイズはSだった。男がそれらに袖を通すと、トレーナーの袖は七分袖になり、ズボンに至ってはすねが丸出しになった。
「小さいですけど、これで我慢してください」
「まあ、いいだろう」
男はふうっとため息をつき、ソファに身を沈めた。
盗み見ればその横顔はあまりに美しくて、目を伏せたくなるような不思議な神々しさがあった。
身のこなしにはどことなく気品が感じられ、端正な顔立ちからも高貴な雰囲気が漂う。
凛はテーブルに配達された料理を並べていった。
ポテトを添えたローストチキン、モッツアレラチーズが乗ったサラダ、鯛のカルパッチョ。
どれも拓斗と一緒に選んだ料理だった。それを今、名前も知らない怪しい男の前に並べている。
不思議なことに男は、凛が夢想したまさに理想の男をそっくりそのまま具現化した肉体と顔を持っていた。
クリスマスの料理を一人で食べるより、自分の理想を絵に描いたビジュアルの男(その男の素性ははさておき)と食べるほうがましかもしれない、と凛は思い始めていた。
「さっき呼ばれていたが・・・お前の名前はスズカゼリンというのか」
男が尋ねた。
「はい。凛です」
「俺の名前は・・・」
男は言ってから、もどかしそうに唇を動かし、頬を右手で擦った。
「死神の世界での名前を言おうとしたが、この口だと、発音できない・・・」
男が本気で困っている様子だったので、凛は思わず笑ってしまった。
「わかりました、じゃあ、死神さんって呼ばせてもらいます。まずあなたのこと、ちゃんと説明してください」
凛は言って、男にフォークを渡した。
男は料理を口に運び、目を白黒させた後、うっとりと目を閉じた。ごくりと飲み込んだときに動いた喉元が、やけに色っぽい。
男は水を一口飲むと、話し始めた。
「お前が飛び降りようとしたとき、俺はこの部屋に現れた。お前が自殺しようとしていたから、自死の手助けをするためにだ」
「自死の手助け?」
「そうだ。でも俺はうっかりお前を生かしてしまった。これは、言いたくはないが死神としてはあり得ない大失態だ。お前の手を取った瞬間、俺はその処罰を下された。人間の器に、魂を封じられる、という形で。つまり、人間の死の妨害行為を行った罰だ」
「なんで私を生かしたんですか」
「よくわからないが、死なせてはいけないと思ってしまった。死神と言うのは人間を死の領域に送り込むとき、その人間と思考を共有する瞬間があるんだ。おまえ、落ちる直前に、死ねないって強く思っただろう。多分、そのせいだ。お前のせいだ」
「そんなこと言われても」
「それにしても、食べ物と言うのはこんなにうまいものなのか。俺には味覚が備わったらしい」
男は料理を次々と口に運んで豪快に食べた。
「こんなに食べ物がおいしいなら、人間は生きていて楽しいだろう。それに今夜は、世界中の誰もが幸せそうにすごす特別な日だ。なのにお前は、どうして死のうとしたんだ」
男にまっすぐ見つめられ、凛はうつむいたまま静かに答えた。
「言わなければいけませんか」
「ああ。俺をこんな姿にした責任だ。言え」
凛はため息をつき、あきらめたようにフォークをテーブルに置いた。そして、ベランダの柵に立つまでの経緯を説明するために、今日の昼休みの出来事を思い返した。