夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す
「……目を瞑ると、怖いんです……大丈夫だって分かってはいるんですけど、また襲われたらどうしようって思うと、怖くてたまらなくて……」

 エリスの不安は最もだ。ましてや寝込みを襲われ殺されかけたのだから。

 ギルバートのように、軍に属していた経験があるならば、慣れてしまうものなのかもしれないけれど、エリスは王族の人間で常に守られる側だった。

 そんな彼女が一度味わった恐怖は計り知れないだろう。

 それに、例え眠れたとしても、先程のように悪夢にうなされてしまうかもしれないと思うと、目を閉じるのさえも無理なのかもしれない。

 エリスの不安を知ったギルバートは彼女の方に向き直ると、そのまま身体を引き寄せて抱き締めた。

「――ッ」

 突然の事に声にならないエリスは小さく息を飲む。

 身体は少し強張っているけれど、そこに恐怖は無かった。あるのは緊張だけ。

「こんな事で不安が取り除けないだろうが、気休め程度にはなるだろう? 怖い事は無い。お前が眠るまでこうしていてやるから安心して眠るんだ。また悪夢でうなされたら、すぐに起こしてやるから、心配な事は無い」

 ギルバートの優しさに頼ってばかりではいけないと頭では分かっているエリス。

 だけど今は彼のその優しさが、暖かな温もりが必要で、それに縋るしか無かった。

「ありがとうございます……。こうされると、何だか心が、落ち着きます……本当に、安心出来ます……」

 抱き締められたエリスは守られているという安心感から、徐々に瞼が落ちていく。

 ギルバートは彼女を優しく抱き締め、時折背中をポンポンと規則正しいリズムで叩いていた事で、いつしかエリスは眠りの世界に堕ちていった。

「……ようやく眠ったか」

 再び規則正しい寝息が聞こえてきた事に安堵したギルバートもまた目を瞑り、エリスを抱き締めたままで眠りについた。


 朝、小鳥の囀りと窓から射し込む光で目を覚ましたエリスは思わず声を上げそうになる。

(ずっと、こうして抱き締めてくれていたんだ……ギルバートさん)

 まさかあの状態のままギルバートまで眠っているとは思わなかったエリスは驚いたものの、彼の温もりのお陰で朝までぐっすり眠れたのだと知り嬉しくなった。

(不思議だな……昨日会ったばかりの人なのに、こんなにも安心出来るなんて)

 普通なら、いくら助けてくれたとは言え会ったばかりの人間相手にここまで心を許せる事は稀だろう。

 しかし父親が亡くなってからこれまで、味方と呼べる者が一人も傍に居ない環境を過ごしてきたエリスにとって、ようやく現れた自分の味方。

 初対面だろうと素性が良く知れなかろうと、今一番頼れるのは他でもないギルバートだけ。

 その事を理解しているエリスは、未だ眠る彼に身を寄せ、彼の温もりに包まれながらギルバートが目を覚ますのを待っていた。
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