夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す
「……私、許せません……お父様を死に追いやったアフロディーテとエルロットを、絶対に、許せません」
「エリス……」

 ギルバートはエリスの気持ちが痛い程よく分かっていた。多くを語らない彼にもまた、許せない人がいるから。

 けれど今は自分の事よりもエリスの事が最優先なのでそれには触れず、次に紡がれる彼女の言葉を待っていた。

「……ギルバートさん、私はどうすればいいですか? 私は、例え自分の身が危うくなろうとも、二人に何らかの制裁を加えないと気が済みません……どうすれば、いいですか……教えてください」

 そして、エリスの中では覚悟が決まったらしく、父親を殺したアフロディーテとエルロットの二人にどのような制裁を与えるべきか、それには何をすればいいのかを、頼れるギルバートに訴えかけた。

「まず一に、きちんと相手を観察し、下調べを入念に行う事。それには、今のような状況は好ましく無い。憎い相手を前に落ち着けと言われても難しいかもしれないが、まずは心を落ち着かせ、逸る気持ちを抑えつつ、一旦冷静になり、確実な方法で復讐を遂行する。相手は王族の者だ、失敗は許されないからな」

 そんなギルバートの言葉を聞いたエリスは、今の自分の状態が一番よくないのだと改めて思い知り、徐々に怒りを鎮めていく。

「……お父様……っ」

 そして、落ち着きを取り戻したエリスは殺された父親への思いを馳せ、静かに涙を流していく。

「――奴らには必ず制裁を加えてやろう。その為にも、今は耐えるんだ。タイミングを見誤ればお前の命も危なくなる。それでは父親の仇も討てないからな。いいな、エリス」
「……っ、はい……」

 そして、堰を切ったように泣き出したエリスの身体を優しく抱き締め続けたギルバートは、彼女が泣き止むまでの間、ずっと頭や背を撫でながら傍に付いていた。


 その後、泣き疲れて眠ったエリスをベッドへ寝かせたギルバートは再び椅子に腰を下ろすと今後の事について改めて考え始めた。

 先程エリスに話をしたのはアフロディーテとエルロットの事なのだが、エリスが復讐すべき相手はその二人以外にもいる。

 それはシューベルトとリリナの二人。

 アフロディーテとエルロットの話を聞いた後、ギルバートなりにエリスを取り巻く環境を今一度整理してみた。

 アフロディーテとエルロットが地位や財産目当てで共謀して国王である夫のタリムを殺し、兄弟のいないタリムの後を継ぐ資格を持つ自身と血の繋がらない娘のエリスを国外へ追いやる――そこまでは分からなくも無いのだが、エリスが嫁いで次に後を継ぐ資格のある血の繋がった娘、リリナまでもシューベルトの元へ嫁がせるその意図も理解出来なかった。

「……何故、アフロディーテはリリナまでも手放すんだ……。本来ならば婿を取るべきはずだが……それをリリナが嫌がった? まあ、シューベルトはセネルの世継ぎだからあっちにしても、婿に出すのを渋るかもしれないが、セネルには第三王子もいるわけだから、必ずしも婿に取れない事も無いはずだが……」

 レノアール地方の世継ぎの決まりは国王が亡くなった場合はその兄弟、いない場合は血の繋がりのある子供、それすらもいない場合、もしくは何か事情があって放棄する場合にのみ、国王の妻である王妃に決定権が委ねられるというもの。

 その事から、リリナが権利を放棄した場合のみ、アフロディーテがルビナ国の全てを握る事が出来る訳で、シューベルトと一緒になりたかったリリナは上手く言いくるめられて嫁ぐ事を決めたとも考えられる。

「まぁ、アフロディーテがエルロットと再婚という選択をして新たな世継ぎを産めば済む話か……」

 アフロディーテは若くしてタリムの後妻になった事もあって、まだ子を成す事は可能な年齢だった。

 その事を踏まえれば何らかの理由を掲げてリリナが嫁いでも世継ぎ問題は解決出来ると納得したギルバートだったが、頭の片隅にある仮説が浮かび上がった。

「いや、もしかすると、この件にはまだ誰か、他にも関わっている者がいるのかもしれないな」

 どこかしっくりこない状況にさらなる協力者がいるのかもという仮説を立てたギルバートは船に揺られながら一人眠れぬ夜を過ごしていた。
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