我が家の二人の王子様は、私のことを溺愛しすぎ

第16話 信じてくれる人

「ねえ華恋。何があったのか、ちょっとで良いから話してみてよ」

 私の顔を覗き込むようにしながら、心配そうに聞いてくる香織ちゃん。
 だけど……だけど私は……。

「放っておいて……」
「え?」
「もう放っておいてよ! いいから私に関わらないで!」

 今まで言ったことの無い拒絶の言葉を香織ちゃん、それに真奈ちゃんに向かってぶつける。
 たけど自分が何を言ったかすぐに気づいて、ハッとする。

 いけない。二人は私の事を心配してくれてたのに、こんなこと言っちゃうなんて。

 だけど気づいた時にはもう遅く、香織ちゃんも真奈ちゃんも信じられないものを見るような目を、私に向けている。

 ──っ!
 やっちゃった!

 心臓がキューっと縮み上がって、一気に血の気が引く。
 だんだんと後悔の念が湧き上がってきたけど、一度言ってしまった言葉を取り消すなんてできない。
 そして、さっきの発言を聞いていたのは、香織ちゃんと真奈ちゃんだけじゃなかった。
 自分で思ってたよりずっと大きな声が出ちゃってたみたいで、教室中の目が私に向いていた。

 何が起きたのか、みんなが正しく把握しているかは分からないけど、驚いた様子で私を見ていて。
 その中には、伊織くんの姿もある。

 どうしよう、早く二人に謝らなきゃ。
 けどそうしたら、手紙の送り主を怒らせちゃうかもしれないし……。
 結局頭の中がぐちゃぐちゃのまま、ガタンと椅子を揺らして立ち上がった。

「ごめん……私行くね」
「ちょっと華恋……って、香織先輩! ひょっとして、立ったまま気絶してませんか!? 香織先輩ー!」

 歩き出す後ろでは真奈ちゃんが「先輩、しっかりしてください!」って騒いでいるけど、私は振り返ることなく教室を出ていく。

 けどそういえば、お弁当を持ってくるのを忘れてた。
 でも……いらないや。
 あったところで、とても喉を通るとは思えないもの。

 教室を出る前にらっと振り返ったけど、香織ちゃんは目を見開いてて、顔面蒼白って感じ。
 こんな香織ちゃん見たことないや。
 けど、そんな風にさせちゃったのは私なんだよね。
 そう思うと、気持ちの悪い何かが肺の奥から込み上げてきて、今にも倒れそう。

 とにかく今は、一人になれる所に行かないと……。

 だけど廊下を歩く私の手を、誰かが掴んだ。

「華恋!」

 な、何!?

 掴まれた手を引っ張られて、そのまま後ろを向かされる。
 するとそこにいたのは……。

「い、伊織くん?」

 手を掴んでいたのは、伊織くんだった。
 教室から、走って追いかけてきたのかな。焦ったような不安そうな、色んな気持ちが入り交じったみたいな顔をしていた。

「華恋、ちょっといいか……」
「──っ! ご、ゴメン。香織ちゃんと真奈ちゃんには、後でちゃんと……」
「それは今はいい! 華恋がどうしてあんな事言ったのかは知らないけど、何か理由があるんだろ? 俺や香織、水無瀬にも言えない理由が」
「えっ……ど、どうしてそう思うの?」
「決まってるだろ。華恋が理由も無しに、あんなこと言うなんて絶対に無いからだ。違うか?」

 信じて疑ってないような真っ直ぐな目で見つめられて、返事につまる。
 どうして? 伊織くんは事情を知らないはずなのに、なんで分かるの?

 驚きと戸惑いのあまり返事ができずにいると、伊織くんは手を掴んだまま、もう片方の手でそっと私の頭を撫でてくる。

「言えないなら、今は言わなくていい。香織達の方は俺がフォローしておくから、華恋は気にするな」
「伊織くん……」

 暖かな手で頭を撫でられて、ぐちゃぐちゃだった気持ちが少し落ち着いてくる。
 だけど冷静になるにつれて、この状況がマズイことに気がついた。

 ここは生徒の行き交う廊下の真ん中。
 そんな所で頭を撫でられているんだもの。
 廊下を歩く生徒達が、チラチラこっちを見てるよ。

 こ、これはかなり恥ずかしいんじゃ。
 それにもしこんな所を手紙の送り主に見られでもしたら、それこそ逆鱗に触れかねない。
 は、早くやめさせないと。
 だけど……。

 何か言わなきゃって思っても、伊織くんと目を合わせると、喋れなくなっちゃう。
 それでも何とか絞り出すように、細い声を出した。

「あ、ありがとう……も、もういいから……」
「そうか……けど、無理はするなよ」

 伊織くんは手を引っ込めてくれたけど、胸のドキドキはしばらく収まりそうにないや。
 そして、伊織くんは付け加えてくる。

「華恋が話せないのなら、今は何も聞かない。けど、それも今回だけだから。もしも次また辛そうにしてたら、その時は無理にでも聞き出す」
「──っ! はい……」

 何も聞かないでくれた伊織くんだったけど、やっぱり本心では気になってるんだよね。
 急に冷たい態度を取ったんだもの、当たり前だよ。

 だけど何があってるか話すわけにはいかないし、これからはいっそう注意しないと。
 だけど……。

「伊織くん……ありがとう……」

 うつむいていた顔を上げて、ハッキリと口にする。

 あの手紙に従うから、伊織くんとも仲良くしちゃいけないって分かっているけど。
 それでもこのお礼の言葉だけは、言わずにいられなかったの。

 まだ問題は何も解決していないし、香織ちゃんや真奈ちゃんのことを考えると心が苦しくなる。
 だけど伊織くんが「どういたしまして」って言って少しだけ笑ってくれたから、少し元気が出た。
< 16 / 29 >

この作品をシェア

pagetop