我が家の二人の王子様は、私のことを溺愛しすぎ

第20話 名探偵の伊織くん

 伊織くんと香織ちゃんに、全てを打ち明けた次の日。
 絶対に犯人を見つけると言ってくれた伊織くんは、学校の昼休みに……。

「みんな。よかったらこれ、書いてくれるか?」
「草薙くんどうしたの?」
「これって、プロフ帳?」

 クラスの子達を集めて、伊織くんが差し出しているのはプロフ帳。
 そして私は自分の席で、ドキドキしながらその様子を眺めていた。

「俺、転校してきてしばらく経つけど、みんなのこともっと知りたいから、書いてくれたら嬉しいんだけど。ダメかな?」

 いつものキリッとした表情を少し崩して、歩みより易そうなスマイルを見せる伊織くん。
 その顔に何人かの女子はときめいちゃってるけど、戸惑っている子も少なくなさそう。

 プロフ帳って小学校の頃は書いてる子多かったけど、中学生になったら少なくなっちゃったもんね。
 子供っぽいって思ってる子も、多いのかも。
 だけどそんな中、伊織くんに近づく生徒が1人。

「オーケーオーケー、書かせてもらうよー! 伊織くんに私のこと、たくさん知ってもらいたいしね」
「ありがとう水無瀬さん。水無瀬さんのことたくさん知りたいから、できるだけ多く書いてくれると嬉しいな」
「了解。任せといて!」

 真っ先にプロフ帳を受け取ったのは真奈ちゃん。
 するとどうだろう。触発されるように、さっきまで様子を見ていた子達が次々と、「私にもちょうだい」、「いっぱい書くね」って、受け取り始める。

「ありがとう。日本ではプロフ帳ってのが流行ってるって聞いたんだけど、もっと早く書いてもらったらよかったな」

 ニコッと笑う伊織くんにみんなは、「いつもと雰囲気違くない?」ってキャーキャー言ってる。
 そしてプロフ帳を受け取った真奈ちゃんは、私の席へとやって来た。

「上手くいってるね。さすが伊織くん」
「うん……ごめんね真奈ちゃん、つきあわせちゃって」
「いいって。それに私も、華恋に酷いことした奴見つけるのには、大賛成だしね」

 眉を吊り上げる真奈ちゃん。
 するとそこに、もう一人近づいてくる。

「こっちも順調ね。お姉様のクラスでも、盛況だったから」
「大場さん……ありがとう、わざわざ2年生の教室まで行ってくれて」
「お姉様に協力できるのなら、いくらでもやるもの。そ・れ・に、このプロフ帳はしっかり書いて、お姉様に読んでもらうんだから!」

 ニマニマと幸せそうに笑う大場さんの手には、伊織くんが配っているのと同じプロフ帳が握られている。
 けどこれは、伊織くんからもらったものじゃない。実は2年生の教室では今頃、香織ちゃんが同じことをやっているんだよね。
 そしてこっちで真奈ちゃんがやってたように、大場さんには香織ちゃんのプロフ帳を受け取る、第一号になってもらっていたの。

 どうして二人がプロフ帳なんて配ってるのか。話は数時間前に遡る。


 ◇◆◇◆


 朝学校に来た私は、すぐ真奈ちゃんにもこれまで起きてたことを打ち明けた。
 真奈ちゃんは凄くビックリしていて、私は勝手に避けていた事を謝ったんだけど、怒ることなく許してくれた。
 その代わり怒りが向いたのは……。

「華恋にそんな事したやつ、絶対に許さない! 見つけ出してコテンパンにしてやる!」

 昨日の伊織くんや香織ちゃんと同じように、犯人に対する怒りの炎をメラメラとたぎらせていた。
 不謹慎かもしれないけど、こういう時に怒ってくれる友達がいるのって幸せだと思う。

 そしてもう一人。伊織くんの提案で、大場さんにも声をかけたの。
 その理由は、脅迫状を送った犯人を見つけるべく、協力者になってもらうため。

 犯人を探すには協力者がほしいけど、誰が犯人か分からない以上迂闊に事情は話せない。
 だけど昨日私が水を掛けられた時、巻き添えをくらった大場さんが犯人ってことはないだろうってなって、事情を話すことにしたの。
 香織ちゃんも、「あの子はたぶん犯人じゃないと思うよ。見てたら分かるもの」って言ってくれたしね。

 そして事情を聞いた大場さんはやっぱり驚いていたけど、「お姉様のお役に立てるのなら」って、二つ返事で引き受けてくれたの。
 そして私達は秘密裏に集まって、伊織くんが作戦を説明してくれた。

「犯人を見つけるために、できるだけたくさんの人にコレを書いてもらいたい。だから水無瀬さんや大場さんには、その手伝いをしてもらいたいんだ」
「これって、プロフ帳?」

 伊織くんが差し出したプロフ帳を見て、真奈ちゃんが首をかしげる。
 私もプロフ帳が犯人探しにどう繋がるか分からなかったけど、伊織くんはさらに続ける。

「こういった手書きの品は、手掛かりの宝庫なんだ。送られてきた脅迫状と似た筆跡が無いか調べられるし、犯人は素手で触っているだろうから指紋だって取れる。脅迫状の指紋は既に取ってあるけど、俺と香織、華恋以外に出てきた指紋は一つ。つまりそれが、犯人の指紋ってわけだ」
「ちょっと待って。指紋を取ったって、いったいどうやって?」

 伊織くん昨日あの後、調べたいことがあるって言って、脅迫状を持って部屋に閉じこもってたんだけど。
 すると、香織ちゃんが口を開く。

「伊織は刑事ドラマやミステリーが好きだからねえ。前に誕生日プレゼントで、指紋採取の道具を買ってもらった事があるんだよ」

 指紋採取の道具!? それって、個人で買えるものなの!?
 ビックリして、真奈ちゃんや大場さんと顔を見合わせる。
 伊織くんがミステリー好きだってのは知ってたけど、まさかそこまでとは。
 そしてその指紋採取の道具を、わざわざ日本まで持ってきてたんだ。

「まさかこんな形で、役に立つとは思わなかったけどな」
「なるほどねえ。けど読めたよ。たくさんの人にプロフ帳を書いてもらって、片っ端から指紋を取って、脅迫状の指紋と一致したらそいつが犯人ってわけね」

 頷く真奈ちゃんに、「そういうこと」と返す伊織くん。

「採取した指紋の画像をスキャンしてパソコンで照らし合わせれば、調べられるからな」
「す、凄いことするのね。けどプロフ帳って、子供っぽくない? みんな書いてくれるかなあ?」

 大場さんが言ったけど、そうだよね。
 私は書いてって言われたら書くけど、小学生の時ならともかく中学ではプロフ帳はそんなに流行ってない。
 だけど……。

「だから水無瀬さんと大場さんに協力してほしいんだよ。こういうのって、最初の一人が受け取ったら後は次々と受け取ってくれるものだから。それに、俺も香織も帰国子女。日本の認識にちょっとしたズレがある天然キャラってことにすれば、後は押し通せる」

 ニコリともせずに、淡々と語る伊織くん。
 な、なんて計算された天然なんだろう。

 真奈ちゃんも大場さんも同じことを思ったのか、また三人で顔を見合わせたけど、確かにこれならいけるかも。

「どう、なかなかいい作戦でしょ。伊織ってばこういう時は、頼りになるんだから」

 香織ちゃんが珍しく伊織くんのことを誉めて、まるで自分の事みたいに胸を張ってる。
 ケンカすることもあるけど、やっぱり姉弟。ちゃんと認めているし、頼りにしてるんだなあって気がして、なんだか嬉しかった。


 ◇◆◇◆


 と、そんな事があったのが今朝。
 伊織くんの立てた作戦通り、みんな次々とプロフ帳を受け取っては、「たくさん書くから」と言って張り切ってる。
 本当は犯人探しのために配ってるって思うと心苦しいけど、香織ちゃんは

『書いてもらった分はちゃんと読むよ。せっかく心を込めて書いてくれるんだもの。ちゃんと受け止めないとね』

 って言っていた。
 犯人探しもするけどそれはそれとして、書いてくれた人のことは大事にしようってしてるみたい。
 それでこそ香織ちゃんだよ。だから大場さんも、いっぱい書くって張り切ってる。

「そういえば大場さん。昨日はあの後、大丈夫だった? 体冷やしてない?」

 今朝は事情と作戦の説明で時間を取られて、すっかり聞くのが遅くなってたけど、気になっていたことを尋ねる。
 だけど大場さんは、呆れた顔をした。

「だから、人の心配をしてる場合? 昨日だって私よりも大変だったじゃない。それに狙われてるのは自分だって自覚ある? こうしてる間にも何かされるかもしれないんだから、気を抜かないでよね」
「う、うん」
「伊織くんの作戦もいいけど、アンタを狙ってノコノコやってきたところを取っ捕まえられたらそれが一番なんだから、見張らせてもらうよ。私だって巻き込まれた仕返ししたいし」

 大場さんは怒ってるけど、そんな彼女を見て真奈ちゃんはニマニマと笑う。

「素直じゃないなあ。要は犯人を捕まえるのに、まだまだ協力してくれるってことでしょ。案外いいとこあるじゃん」
「わ、私はお姉様のため仕方なくやってるだけだから! そもそも桜井さんがもっとしっかりしてたら、こんな事にはならなかったんだからね!」

 うう、耳が痛い。
 だけど、ダメ出しでもしっかり怒ってくれるのが、私には嬉しかった。

 結局その日は犯人からの嫌がらせはなかったけど、家に帰ると伊織くんも香織ちゃんもたくさんのプロフ帳を、家に持ち帰った。

「後はこれを書いた中に、犯人がいてくれればいいんだけど」
「大丈夫なんじゃないの? 犯人、元々私やアンタに興味があったからあんな手紙を書いたんだろうし。絶対に食いついてるって」
「そうでなければ困るな。華恋をたくさん傷つけた落とし前をつけないと、俺の気が収まらないもの……」
「まったくだね。絶対に復讐してやる……」

 あわわっ。
 伊織くん、それに香織ちゃんも、怖い顔になってる。
 もしかしたら脅迫状の送り主は、とんでもない姉弟を怒らせちゃったんじゃないかなあ?

 伊織くん香織ちゃんも頼りになるけど絶対に敵に回しちゃいけない人だって、今回の事でよーくわかったよ!

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