我が家の二人の王子様は、私のことを溺愛しすぎ

第22話 脅迫状の送り主

 プロフ帳を配って、指紋を集めたのが2日前。
 そして今日放課後になって、私は香織ちゃんや真奈ちゃん、それに大場さん達と一緒に、学校の裏庭に来ていた。

 いつもは滅多に生徒が立ち入らない場所。
 普段は使わない道具を入れておくための物置が置かれているだけの、寂しい裏庭なんだけど。私達四人はその物置の中に身を潜めながら、わずかに開けた扉の隙間から、外の様子を伺っていた。

「ちょっと桜井さん、もうちょっとそっちにつめてよ」
「ごめん。真奈ちゃん、ちょっとそっち行くね」
「やっぱ四人で入るのはキツいわー。元々人間が入るように作られてないし」
「すまないね大場さん、狭苦しい思いをさせて。もう少しだけ、我慢してくれるかな?」
「は、はい! お姉様がそういうなら、何時間でも!」

 狭い中に四人がぎゅうぎゅう詰め。
 通勤ラッシュの時の満員電車って、こんな感じなのかな?
 真奈ちゃんの言ったように、元々人が入るように作られていない物置の中は狭く、暑くて息がつまりそうだよ。
 だけど私達は、何もふざけてこんな所にいるわけじゃない。

 小さく開いた扉の隙間から外を見ると、庭の真ん中に立っている伊織くんの姿がある。
 彼は今待っているの。私に脅迫状を送りつけた、犯人を……。

 伊織くんが、犯人を突き止めたと言っていたのが昨夜。
 そしてその人を、今日ここに呼んでるの。

 >伊織くんが、相手と一対一で話がしたいって言うから、私達は隠れることにしたんだけど……。

 息を殺して様子を見ていると、一人の女子生徒がやってきて、伊織くんに近づいてくる。
 焦げ茶色のパーマのかかった髪をして、バッチリメイクを決めてるあの子は、隣のクラスの女の子、長戸美香さんだ。
 彼女は目立つから、クラスが違っていても知っている。

 教室では女子のリーダーで、うちのクラスでいうところの、大場さんみたいなポジションの女の子なんだけど……。

「草薙くん、だよね? どうしたの、こんな所に呼び出して」
「長戸さん……わざわざ来てもらって悪い。どうしても君に、言っておきたい事があるんだ」
「え、なに?」

 長戸さんは美少女。小首をかしげるだけでも可愛いや。
 セリフを聞いていると、まるで告白でもするようなシチュエーション。
 だけど伊織くんは淡々と、冷たい声で告げる。

「華恋に嫌がらせするのは止めろ」
「えっ?」

 一瞬で、場の空気が冷たくなる。
 私達は物置小屋に隠れているけど、ピリピリした空気がこっちまで伝わってくるよ。
 すると長戸さんは途端に、何のことか分からないといった様子で慌て出す。

「嫌がらせって、何のこと? 私、そんなことしてない……」
「とぼけるな。華恋にこんな物を送ったのは、お前だろう」

 そう言ってズボンのポケットから取り出したのは、何度も送られてきた脅迫状。
 一瞬で、長戸さんの表情が曇る。

「なにそれ? 私、そんなの知らないよ」
「嘘だな。お前はこの前、プロフ帳を書いてくれてたよな。それに書かれていた字と、筆跡がよく似てるし、ついてた指紋も同じだった。知り合いの警察の人に頼んで調べてもらったから、間違いないさ」
「はぁっ!?」

 目を見開く長戸さん。
 プロフ帳が証拠を掴むための罠だったなんて、普通は考えないよね。
 実際は警察に調べてもらったんじゃなくて、伊織くんが個人で調べたんだけど。

 たぶん、長戸さんは伊織くんのファンなんじゃないかな。
 だから伊織くんと私が仲良くしてるのが面白くなくて、あんな手紙を送ったんだ。
 そしてそんな伊織くんがプロフ帳を書いてなんて言ったもんだから、まんまとそれに引っ掛かった。
 今回も伊織くんの名前を使って呼んだんだけど、憧れの男の子に呼ばれて舞い上がって来たのか、それとも私の件があるから怖くて確かめに来たのかは分からない。

 ただ脅迫状のこと、筆跡や指紋のことを突き付けられて、明らかに動揺している。
 気まずそうに目を反らしているけど、それを見て私の隣にいた大場さんが騒ぎ出す。

「見てあの顔! どう見ても図星を突かれた顔じゃない! こんな所にいないで、さっさと捕まえて……」
「待つんだ。伊織は、何か証拠になるような証言を聞き出すって言っていた。もう少し様子を見てみよう」

 香織ちゃんが制して、大人しくなる大場さん。
 一方長戸さんは、すごく戸惑っている。

「な、何かの間違いじゃないの? 誰かが私を、ハメるためにやったとか?」
「無いな。そもそも犯人は、そんな頭よくない。やる事が短絡的なんだよ。嫌がらせにしたって、後先考えずにやりすぎだ。一昨日華恋がジャージで帰ってきたけど、あれじゃあ何かあったってバレるぞ。華恋にあんなことをしたのも、お前なんだろ?」
「違っ。私、水なんかかけてない……」
「水? おかしいな、俺はジャージで帰って来たって言っただけだ。どうして水をかけられたって知ってるんだ?」

 ハッとしたみたいに口を押さえる長戸さん。
 あの日私が水をかけられたのを知ってるのはここにいるメンバーと、後は美化委員の人達くらいだろうけど、みんな誰にも話していないのは確認済み。
 あとそれを知っているのは、水をかけてきた犯人だけだよね。

 自ら証拠を言ってしまった長戸さんを、伊織くんは冷たい目で見つめる。

「決定だな。もう出てきていいぞ」

 許可が降りた瞬間、待ってましたとばかりに香織ちゃんが飛び出して行く。

「さあ、もう言い逃れできないよ! 華恋を傷つけた落とし前、つけさせてもらうから!」
「香織先輩!?」

 現れた香織ちゃんに、目を見開く長戸さん。
 続けて私達も出ていくと、いよいよ気まずそうに顔を落とす。

 本当に、長戸さんがやったんだね。
 脅迫状を送ってきたり、水をかけてきたりした彼女の事が怖かったけど、それを我慢して尋ねる。

「長戸さん、どうしてあんな事をしたの?」
「──っ! 決まってるでしょ! アンタが伊織くんや華恋先輩に、付きまとってるからだよ!」

 とたんに、鋭い目で睨まれた。
 さっきまで青ざめていたのに、まるで敵を前にしたみたいな怒りに満ちた顔をしていて、思わず後ずさった。
 けど、付きまとうって……。

「待った! 聞き捨てならないよ。華恋がいつ、私達に付きまとったの!」
「そーだそーだ! それに伊織くんや香織さんとは同じ家に住んでるんだもの。仲がいいのは当たり前じゃん」

 香織ちゃんと真奈ちゃんが私を守るように、前に立って言ってくれたる。
 だけど長戸さんは……。

「だったら、ソイツが出ていけばいいじゃない。そんなのが家にいたら、伊織くん達が迷惑でしょう」
「は? 待て、いったい何を言ってるんだ?」

 無茶苦茶な言い分に、香織ちゃんが絶句する。
 ううん、香織ちゃんだけじゃない。
 伊織くんも真奈ちゃんも大場さんも、私だってわけがわからず、顔を見合わせる。
 だけど長戸さんはそれが当たり前だと言わんばかりに、主張を続ける。

「桜井さんなんか伊織くんや香織さんに相応しくないって、みんな言ってる。それなのに幼馴染みってだけで家にまで押し掛けて、図々しい。二人だって、本当は嫌なんでしょ」
「何をバカな。そんなわけないじゃん!」
「だいたい、厄介になってるのは俺達の方だっての!」
「うん……伊織くん達ならそう言うよね。二人とも優しいから」

 香織ちゃんも伊織くんもすぐに反論したけど、長戸さんにはまるで届いていない。
 大場さんが、「なにコイツ。ヤバッ!」って引いてるけど、同感。
 脅迫状を送ったり、嫌がらせをしてくるくらいだから覚悟はしていたけど、ここまで話が通じない人だったなんて。
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