我が家の二人の王子様は、私のことを溺愛しすぎ

第23話 私の反撃

 きっと長戸さんにとっては私が悪者で、伊織くんや香織ちゃんは迷惑かけられてる被害者。
 そして長戸さん自身はそんな二人を助ける、正義の味方みたいに思ってるんじゃないかなあ。
 長戸さんの中でどんなストーリーができてるかは知らないけど、思い込みもここまでいけば危険だよ。
 伊織くんや香織ちゃんの話だって、全然聞いてくれてない。

 とにかく、長戸さんがどうして私を狙ったはよーくわかった。
 でもね……。

「長戸さんの言いたいことはわかったよ……けど、真奈ちゃんの上履きにまで画ビョウを入れたのは、やりすぎじゃないかなあ。それにこの前水をかけた時だって、大場さんも巻き込まれたんだよ!」

 憎いなら、私だけを狙えばいいのに。
 他の人を巻き込むなんて、どうかしてる。
 だけど。

「なにさ画ビョウくらい。そもそもアンタが伊織くん達に付きまとってたせいでしょ。全部アンタが悪いんだから!」

 やっぱりと言うか。長戸さんは、分かってはくれない。
 大場さんや真奈ちゃんも、「……いや、悪いのアンタでしょ」、「滅茶苦茶すぎる」って呆れていて、香織ちゃんもため息をついた。

「……もういい。これ以上話しても無駄だろうし、さっさと先生に付きだそう」
「そんな。私は二人のために……なのにどうして、こんな奴を庇うの!?」

 向けられたのは、恨みのこもった目。
 ……ああ、この子自分が何をしたか、全然分かってくれてないや。

 反省するどころか、絶対に許さないと言わんばかりの表情。
 こんな彼女を先生に付きだして、反省してくれるかなあ?
 もしかしたらまた、同じことを繰り返すかもしれない。
 だけど……だけどそれは……。

「……待って香織ちゃん。先生に言う前に、もう少しだけ話をさせて」
「華恋?」

 真奈ちゃんの脇をすり抜けて長戸さんの前に出ると、香織ちゃんが慌てたように言う。

「ちょっと華恋、危な──」
「待った! ここは華恋に任せよう」
「伊織?」

 私を止めようとする香織ちゃんを伊織くんが制する
 ありがとう、伊織くん。

 私は長戸さんの前に立って、真正面から彼女を見つめた。

「なに? 文句でもあるの?」

 今にも噛みつきそうな顔をされる。
 長戸さんからは嫌なことをたくさんされたから、やっぱり怖い。
 だけど……。

 ──パァンッ!

 ……乾いた音が、裏庭に響いた。

 長戸さんは、目を見開いている。
 もしかしたら何をされたか、理解していないのかもしれない。
 頬をぶたれたという事を……。

「わ、私の事が嫌いなら、私だけを狙ってよ!」

 平手打ちをした手を今度は握りしめ、ありったけの声をぶつけた。
 長戸さんはまだ目を丸くしていて、伊織くん達も驚いたように固まってるけど、こんなんじゃまだまだ終わらないよ。
 さらに言葉を吐き続ける。

「自分が正しいって思ってるなら、直接言えばいいじゃない、卑怯者! しかも真奈ちゃんまで巻き込むとか、最低だよ! い、伊織くんや、香織ちゃんのためってのもムカつく。人の気持ちを、勝手に決めつけるなー!」

 今まで溜め込んでいた気持ちを、これでもかってくらいぶつけていく。
 今までこんなに激しく怒ったことも、誰かとケンカしたのも、たぶん初めて。
 それくらい本気で、怒ってるんだから。

「意地悪してきたって、もう絶対に言いなりにはならないんだから! 手紙を送ってきても破ってやるし……か、紙の無駄遣いになるだけなんだからねーっ!」

 言いたかったことを、全部言ってやった。
 大声を出し続けたもんだから、ハァハァと息があがっていて、頭の中は真っ白。
 もしかしたら、『紙の無駄遣い』は余計だったかもしれないけど。
 口喧嘩なんて慣れてないから、こういう時なんて言うのが正解か、よく分からないや。

 長戸さんはしばらくポカンとしてたけど、やがて顔を真っ赤にして手を振り上げる。

「この、いい加減に──」
「そこまでだ! これ以上華恋に何かしたら、今度は私が君を殴る」

 振り上げた長戸さんの手を掴んで止めたのは、香織ちゃん。
 すると、伊織くんも続ける。

「香織の本気のパンチを顔に食らったら、一生消えない傷が残るぞ。それでもいいって言うなら、べつに止めはしねーけど」
「──っ!」

 伊織くんに諭されて、おずおずと手を引っ込める長戸さん。
 そして伊織くんは、私達を見る。

「さあ、行こうぜ。これ以上付き合っても、時間の無駄だ」
「あれ? 先生に突き出さなくてもいいの?」
「……先に華恋が叩いた以上、下手したらこっちが悪者にされるかもしれないからな。けど、ただ突き出すよりこっちの方が堪えたんじゃないか? 言っとくけど、次華恋に何かしたら、今度は俺も容赦しないから」

 伊織くんから睨まれた長戸さんはビクッと体を震わせて、そんな彼女に背を向けながら、私達は裏庭を後にする。

 これで本当に、終わったのかな? 
 すると歩きながら、大場さんが言ってくる。

「それにしても桜井さん、言う時は言うんだね。まあ、『紙の無駄遣い』はどうかと思うけど」
「ううっ、あれやっぱりおかしかった?」
「あははっ、すっごく変。けど、華恋らしいや」

 私らしいってのがよく分からなかったけど、真奈ちゃんが笑ってくれたし、まあいいか。

 平手打ちした手は痛いし、足も今になってガクガク震えてきたけど、そんな私を伊織くんと香織ちゃんが、両サイドから支えてくれる。

「お疲れ様、華恋。あれだけ言ったんだから、さすがに大丈夫だって思いたいけどさ。もしもまた何かあったら、今度は最初から教えてよ。私が守ってあげるから」

 私の手を取りながら、ニコッと笑う香織ちゃん。
 そうだよね。私だって心配かけたくは無いし、頼るのは悪いことじゃないものね。
 ただ……。

「止めとけよ。べつに華恋は俺達が守ってやらなきゃいけないほど、弱くないだろ」
「ん? まあ、そうかもね」
「さっきだって俺達に任せるんじゃなくて、自分で言ってやりたかったんだろ。もちろん何かあったら協力するけど」

 そう言いながら頭を撫でてきて、カーッて顔が熱くなる。
 さすが伊織くん、私のことをよくわかってくれてる。

 事件が解決して、安心したからかな。
 この時見た伊織くんの笑顔は、なんだか特別なものに思えた。
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