偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~

11 女友達

 初めての体育が終わり、眠い目をこすりながら授業を受け、昼休みになった。また優太が芹香の席に来て、にべもなくあしらわれた。懲りない奴だ。俺は安奈との約束があるため、ホームルームが終わるとすぐに二組の教室に行った。

「あっ、達矢。この子が千歳(ちとせ)ちゃん」
「どうも。松浜千歳(まつはまちとせ)です」

 千歳ちゃんは、芹香と同じように、黒いロングヘアの女の子だった。違うのは、前髪があること。芹香のように額をあらわにはしていない。背の高さも、芹香と同じくらい低めだ。ぱっちりとした目をしていて、瞳の色は焦げ茶というよりは真っ黒だった。

「俺、山手達矢。達矢でいいよ、千歳ちゃん」
「よろしくね、達矢くん。今日どこ寄ろうか? クレープなんてどう?」
「いいね。じゃあ行こうか」

 クレープ屋は、駅に続く道を少しだけ外れたところにあった。俺はチョコバナナのクレープを選び、テラス席に三人で陣取った。

「ねえ、写真撮ろう!」

 千歳ちゃんがそう言うので、彼女のスマホで俺たちは写真を撮った。なるほど、女子らしい。食べ物があるとすぐさま撮っておきたくなるのだろう。

「この写真、二人にも送るよ。達矢くん、連絡先教えて?」
「ああ、いいよ」

 松浜千歳が友だち一覧に追加された。彼女のアイコンは、白いポメラニアンだった。

「この犬、飼ってるの?」
「ううん、おばあちゃんちの犬。お父さんにとっての実家かな。近いから、たまに行くの」
「へえ、そっか」

 さて、ここからはどうしたものか。正直、安奈以外の女子とはそんなに喋ったことが無い。ましてや、こんな女の子らしい子とは、何をきっかけに話題を作ればいいのかが分からない。だからとりあえず、クレープの話を振った。

「安奈は昔からイチゴが好きだよな」
「えへへ。達矢こそ、バナナ好きだよね?」
「まーな」
「あー、なんだかいいな、二人。幼馴染なんでしょう?」

 それから千歳ちゃんは、俺たちの仲について色々と聞いてきた。小さい頃はどういう付き合いだったのか。付き合ったきっかけは何だったのか。その辺りは、安奈と示し合わせているから問題ない。

「俺が、付き合おうって言ったんだよ。他の男に取られたくなくてさ」
「きゃー! 達矢くん、カッコいいね!」

 本当は、安奈が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、嘘ついちゃった、と打ち明けて始まった関係だったのだが。そのことを思い出すと、みぞおちの辺りが痛くなるような錯覚に襲われる。あの時の俺は、安奈を守るために必死だった。もちろん、それは今もだが。

「いいなぁ、私も早く彼氏欲しい」
「千歳ちゃんは可愛いから、すぐにできるよ」

 安奈はそう言ってふんわりと微笑んだ。まあ、芹香ほどではないが、千歳ちゃんも十分に可愛い。そのうち彼氏ができたと話してくれる日が来るかもしれない。

「っていうか、安奈ちゃんの髪も羨ましいな。それ、地毛でしょう?」

 栗色の安奈の髪は、小学生の頃はいじられることも多かった。誰かが彼女の髪色のことを言う度、俺は食ってかかっていたのだが、本人もそれは落ち着いたようで、千歳ちゃんの言葉にも動揺する様子は見せなかった。

「うん、元々だよ」
「可愛いよね。私も染めようかな?」
「良いんじゃない? 千歳ちゃん、茶髪も似合いそうだよ」

 安奈が千歳ちゃんの黒髪に手を伸ばした。俺としては、せっかく綺麗に伸ばしているんだから、染めたら勿体ないと思ったが、どうこう言う立場じゃないと思い何も言わないでおいた。そういえば、芹香も髪を染めたりするのだろうか? そうなったら残念だな、と俺は思いながら、女二人がきゃいきゃいとはしゃぐのを聞いていた。

「そろそろ帰ろうか」

 俺は言った。夕方の六時頃になっていた。このままだと、女同士のお喋りは尽きないだろうと思って切り出したのだった。

「あっ、もうそんな時間!?」

 千歳ちゃんが驚いてスマホの画面を確認した。

「こうして話してると早いね。じゃあ、お開きで」

 安奈がすっくと立ち上がり、俺も後に続いた。千歳ちゃんとは、途中まで電車が一緒だった。先に降りた俺と安奈は、時間が遅いこともあり、もうこれ以上は寄り道をせずに真っ直ぐ帰った。
 今日は母親が夜勤の日だった。作り置きの惣菜が、冷蔵庫の中にあった。後で温めて食べよう、と俺はまず制服から部屋着に着替え、体操服も取り出して洗濯機に突っ込んだ。

「ん?」

 ふとスマホを見ると、メッセージが送られてきていた。千歳ちゃんからだった。そういえば、写真を送ると言ってたっけな。

『今日は本当に楽しかった! ありがとう!』

 そんな文言の下に、今日の写真が添付されていた。俺はすぐさま返信した。

『こちらこそありがとう。安奈のこと、よろしくな』

 すると、すぐに既読がつき、返事もきた。

『もちろん! また一緒に寄り道しようね。今度は何がいいかな?』

 丁度いいところで区切ろうと思ったのだが、千歳ちゃんとのラインは続いてしまい、結局おやすみなさいになるまで俺はスマホとにらめっこをしていた。
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