偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~

19 苦手

 安奈のネイル会、開催だ。今度は予めコンビニでお菓子を買ってきていた。放課後、一組の一樹の席に安奈が座り、香澄がまたもや滑らかな動作で爪を仕上げていった。

「安奈のはフレンチネイルにしてみました! どうかな?」
「うん、すっごく可愛い! 香澄くん、ありがとう!」

 ベースとなるピンクベージュに、先のほうだけが白というネイルに彩られた安奈は、いつもより大人っぽく見えた。頬は桜色に染まっており、すっかり満足した様子だ。

「じゃあ、乾くまでおやつタイムといきますか!」

 俺はチョコレートスナックを安奈の口に入れてやった。

「ボクも、あーんして」
「はいはい」

 ついでに香澄にも。

「それにしても、本当に二人って仲良いよね。ケンカとかすることあるの?」

 香澄の言葉に、俺と安奈は顔を見合わせた。恋人としてのケンカなんて、もちろん一度もしたことが無い。幼馴染としてなら、勝手に安奈が怒って、俺がそれを無視して、学校では彼氏彼女のフリをするからうやむやになる、というのがいつもの流れだった。安奈が言った。

「ケンカとかは、あまりしないかも」
「達矢、優しいもんね。安奈も穏やかだし」

 違うんだ、香澄。俺は優しくなんかないし、安奈は本当は怒りっぽい。そうだ、俺たちはこうしてまた嘘をついた。つき続けるしか無いのだ。どちらかに本当の恋人ができない限り。

「あれ? どうしたの?」

 ジャージ姿の一樹が教室に入ってきた。

「安奈のネイルしてたんだよ。一樹こそ、どうした?」
「忘れ物。若宮さんごめん、そこ、オレの席」
「ご、ごめんなさい!」

 驚いた安奈は立ち上がろうとした。

「いや、そのままでいいよ。机からノート取るだけだから」

 確か、明日は小テストがあったっけか。一樹は英語のノートを取り出した。安奈は腰を微妙に浮かせたまま、固まってしまっていた。俺は安奈の肩を押して座らせた。一樹が安奈のネイルを見て言った。

「へえ、可愛いな。香澄って器用なんだな」
「でしょう? 一樹。ボク、ネイリスト目指してるからね!」
「そうなんだ。じゃあ、またな」

 一樹はノートを抱え、颯爽と行ってしまった。ああいう爽やかさが俺には無いので、ちょっと羨ましい。まあ、小学生時代から運動なんて大嫌いだったからな。そんな俺が一樹のような快活さを身に着けるのは到底無理だ。そんなことを考えていると、香澄がスマホを確認して言った。

「そろそろ乾く頃だね」
「じゃあ、俺たちも解散するか」

 俺たち三人は、駅まで一緒に帰り、香澄とは別れた。電車の中での安奈は、なぜか口数が少なかった。あんなにネイルを気に入っていたというのに、どうしたんだろう。

「達矢。いつもの公園、寄っていい?」
「いいけど」

 安奈の分のオレンジジュースの缶は、俺が開けてやった。香澄によると、本当は一時間程度じゃ完全には固まらないらしい。せっかく綺麗に塗ったネイルが取れると可哀相だと思ってやったことだった。

「ありがとう、達矢」
「別にいいって、このくらい」

 俺はコーヒーを飲みながら、黙って安奈の言葉を待った。こいつ、何か言いたげな様子なのだ。下唇を噛んでいるから、すぐに分かる。

「……さっきの人、大原くんに似てたね」
「さっきの人? 一樹のことか?」
「うん」

 大原というのは、中学時代に安奈に告白した男子の一人だ。あいつもサッカー部だったか。しかし、そんなに似ていないような気もする。体育会系の男子は、安奈には皆同じに見えるのだろうか。

「似てねぇよ。一樹なら、いい奴だぞ? 席替えしてからよく喋るようになったんだけど、ノリもよくてさ」
「そう、なんだ」

 そうだった。安奈が「山手くんと付き合っている」と嘘をついた相手が、その大原だった。俺は髪をかいた。安奈の奴、まだ引きずってるのか。

「大原とのことならもう気にすんなよ。高校も別れたし、接点ないだろ?」
「うん。でも、思い出しちゃって」

 あー、めんどくさいなぁ。俺は中学時代のことを思い出した。安奈が誰かに告白されて断る度、俺にいちいち報告してきて、男の子ってやっぱりこわいと泣くのを慰めていた日々のことを。

「安奈も高校生になったんだ。もう少し、男子との耐性つけとかないと、この先やっていけないぞ?」
「わかってるよ。でも、やっぱり大原くんみたいな人はこわいの」

 俺は思案した。何とかして、安奈と一樹が普通に会話できないものかと。一樹とは知り合って間もないが、裏表の無さそうな奴だし、安奈の男嫌いを治すのに一役買ってくれるかもしれない。

「じゃあ、練習しよう。一樹と飯でも食おうよ」
「やだ。わたしには、達矢が居てくれたらそれでいい」

 またこれである。拓磨や香澄、優太といった名前呼びできる男子も増えたが、それだけじゃまだ足りないと俺は思っていた。苦手とする体育会系男子とも喋れてこそ、真の俺離れができるというものだ。結局、この日は飲み物が尽きたので家に帰った。いい加減、男子とも仲良くなってほしい。
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