偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~
22 水族館
土曜日がやってきた。俺は昼食を食べた後、黒いTシャツに着替えて待ち合わせ場所へ向かった。今度は遅刻とまではいかないが、ギリギリの時間だった。
「よう、達矢。おれの服、変じゃない?」
優太は白い半袖のシャツに淡い色のデニムという格好だった。元々の顔立ちがいいから、どんな服装だろうとよく似合うのだろう。
「全然変じゃないよ。さっ、行こうか」
水族館は、待ち合わせの駅から徒歩五分程度のところにあった。ここに来るのは、小学生のときの遠足以来だ。俺はまず、入り口でパンフレットを取り、イルカショーの時間を確認した。一時からのには間に合わなさそうだが、三時からなら行けるだろう。
「うわっ、すげー! すげーでっかい水槽!」
入ってすぐの大水槽に、優太は声をあげていた。そこら辺に居た幼児と同じように、ぺったりくっついて魚を眺めていた。しばらくすると、バカみたいな質問がとんできた。
「サメ、一緒に居るけど、食われないの?」
「魚を食べないサメも居るんだよ」
良かったな、ここに居たのが俺で。芹香だったら、そんなことくらいも知らないのかと罵られるところだっただろう。それはそれでご褒美になるのかもしれないが。
他の展示はいくらでもあるのに、優太はいつまでも大水槽を離れようとしなかった。なので、俺が焦れたところで切り上げさせ、次へ向かった。
「カラフルだなー! 整理してない絵の具のパレットみたい!」
「おい優太、なんだその例えは」
熱帯魚の水槽だった。俺でも名前を知っている魚がいくつか居た。また優太が聞いてきた。
「この黄色いの何?」
「チョウチョウウオだな。ほら、そこの説明にも書いてる」
「どれどれ?」
説明は、俺の腕の辺りにあった。そこを優太が覗き込もうとするので、自然と俺たちの体は接触した。
「へー、これって家でも飼えるのかな?」
「どうだろうな」
そして優太は、いちいちそんな感じで、水槽をべったり観賞するので、中々前に進まなかった。俺はスマホで時間を見た。もうすぐ三時だった。
「行こう、優太。イルカショーの席取れなくなるぞ」
「おれ、前の方がいい! 行こ行こ!」
ショー会場への案内板が天井からぶらさがっていた。それを見た優太は、俺の腕をぐいと掴み、引っ張ろうとしてきた。
「お、おい」
「早く早く!」
結局俺はそのまま、優太に腕を取られながら、会場に着いた。やはり、休みの日ということもあり、家族連れが多かった。俺は優太の希望通り、前の席へ腰かけた。
間もなくショーは始まり、軽快な音楽と共に、イルカたちが現れた。
「すっげー! イルカって、触ったらどんな感触するのかな?」
「すべすべなんじゃないか?」
「あったかいのかな?」
「水の中に居るから、冷たいだろ」
こいつ、凄いな。大水槽のときからテンションの高さが一定で高い。しかしまあ、そんなにも水族館を楽しんでくれているということは、俺にとっても嬉しいことだった。
イルカショーはクライマックスになり、連続ジャンプが始まった。
「おおー! すげー! マジすげー!」
相変わらず語彙の無い優太だが、そのはしゃぎっぷりが何だか可愛く思えてきた。そういえば、俺を参考にするためのデートじゃなかったか、今日は……。本人すっかり忘れてるな。まあ、別にいいか。
「すごかったなー! 次、どこ行く?」
「ちょっと休憩しようか。飲み物でも飲もう」
俺たちは自販機でコーヒーを買い、ベンチに座って飲んだ。すると、空いていた俺の左手に、優太の右手がにゅっと伸びてきた。
「なんだよ」
「こういうとき、付き合ってたら手とか繋ぐのかなぁって」
こいつ、当初の目的を思い出したらしい。
「安奈とは繋ぐんでしょう?」
「まあな」
もちろん嘘だ。こういう風に、安奈ともベンチで飲み物を飲むことは多いが、手を繋いだことなんて一度だってない。おそらく最後に繋いだのって保育園時代じゃないだろうか。記憶は無いが。
「達矢の手ってあったかいなー」
「よせよ、気持ち悪い」
俺は優太の手を振り払おうとしたが、彼はがっしり掴んで離さなかった。まあ、いいか。手くらい。俺たちは、そのままコーヒーを飲みきり、残りの展示を見ることにした。
「あー、楽しかった!」
水族館を出る頃には、もう日が暮れかかっていた。まさかこんなに長く同じ場所に居るとは思わなかった。想定では、もっと早く終わるかと思っていたのだが。
駅までの帰り道、また優太は俺の手を掴んできた。
「ちょっ、やめろよ」
「さっきは繋いでくれたのに?」
「ああもう、いいけどさ」
幸い、人通りは少ない。男同士手を繋ぐくらい、何てこと無いだろう。半日一緒に過ごしてみて思ったのだが、優太のパーソナルスペースはえらく狭い。ただ、別に俺も不快じゃないし、そのままにさせてやろうと思った。
「また一緒に遊びに行こうな、達矢!」
「ああ、いいよ」
何はともあれ、楽しんでくれて良かった。こうして、優太とのデートは終わった。
「よう、達矢。おれの服、変じゃない?」
優太は白い半袖のシャツに淡い色のデニムという格好だった。元々の顔立ちがいいから、どんな服装だろうとよく似合うのだろう。
「全然変じゃないよ。さっ、行こうか」
水族館は、待ち合わせの駅から徒歩五分程度のところにあった。ここに来るのは、小学生のときの遠足以来だ。俺はまず、入り口でパンフレットを取り、イルカショーの時間を確認した。一時からのには間に合わなさそうだが、三時からなら行けるだろう。
「うわっ、すげー! すげーでっかい水槽!」
入ってすぐの大水槽に、優太は声をあげていた。そこら辺に居た幼児と同じように、ぺったりくっついて魚を眺めていた。しばらくすると、バカみたいな質問がとんできた。
「サメ、一緒に居るけど、食われないの?」
「魚を食べないサメも居るんだよ」
良かったな、ここに居たのが俺で。芹香だったら、そんなことくらいも知らないのかと罵られるところだっただろう。それはそれでご褒美になるのかもしれないが。
他の展示はいくらでもあるのに、優太はいつまでも大水槽を離れようとしなかった。なので、俺が焦れたところで切り上げさせ、次へ向かった。
「カラフルだなー! 整理してない絵の具のパレットみたい!」
「おい優太、なんだその例えは」
熱帯魚の水槽だった。俺でも名前を知っている魚がいくつか居た。また優太が聞いてきた。
「この黄色いの何?」
「チョウチョウウオだな。ほら、そこの説明にも書いてる」
「どれどれ?」
説明は、俺の腕の辺りにあった。そこを優太が覗き込もうとするので、自然と俺たちの体は接触した。
「へー、これって家でも飼えるのかな?」
「どうだろうな」
そして優太は、いちいちそんな感じで、水槽をべったり観賞するので、中々前に進まなかった。俺はスマホで時間を見た。もうすぐ三時だった。
「行こう、優太。イルカショーの席取れなくなるぞ」
「おれ、前の方がいい! 行こ行こ!」
ショー会場への案内板が天井からぶらさがっていた。それを見た優太は、俺の腕をぐいと掴み、引っ張ろうとしてきた。
「お、おい」
「早く早く!」
結局俺はそのまま、優太に腕を取られながら、会場に着いた。やはり、休みの日ということもあり、家族連れが多かった。俺は優太の希望通り、前の席へ腰かけた。
間もなくショーは始まり、軽快な音楽と共に、イルカたちが現れた。
「すっげー! イルカって、触ったらどんな感触するのかな?」
「すべすべなんじゃないか?」
「あったかいのかな?」
「水の中に居るから、冷たいだろ」
こいつ、凄いな。大水槽のときからテンションの高さが一定で高い。しかしまあ、そんなにも水族館を楽しんでくれているということは、俺にとっても嬉しいことだった。
イルカショーはクライマックスになり、連続ジャンプが始まった。
「おおー! すげー! マジすげー!」
相変わらず語彙の無い優太だが、そのはしゃぎっぷりが何だか可愛く思えてきた。そういえば、俺を参考にするためのデートじゃなかったか、今日は……。本人すっかり忘れてるな。まあ、別にいいか。
「すごかったなー! 次、どこ行く?」
「ちょっと休憩しようか。飲み物でも飲もう」
俺たちは自販機でコーヒーを買い、ベンチに座って飲んだ。すると、空いていた俺の左手に、優太の右手がにゅっと伸びてきた。
「なんだよ」
「こういうとき、付き合ってたら手とか繋ぐのかなぁって」
こいつ、当初の目的を思い出したらしい。
「安奈とは繋ぐんでしょう?」
「まあな」
もちろん嘘だ。こういう風に、安奈ともベンチで飲み物を飲むことは多いが、手を繋いだことなんて一度だってない。おそらく最後に繋いだのって保育園時代じゃないだろうか。記憶は無いが。
「達矢の手ってあったかいなー」
「よせよ、気持ち悪い」
俺は優太の手を振り払おうとしたが、彼はがっしり掴んで離さなかった。まあ、いいか。手くらい。俺たちは、そのままコーヒーを飲みきり、残りの展示を見ることにした。
「あー、楽しかった!」
水族館を出る頃には、もう日が暮れかかっていた。まさかこんなに長く同じ場所に居るとは思わなかった。想定では、もっと早く終わるかと思っていたのだが。
駅までの帰り道、また優太は俺の手を掴んできた。
「ちょっ、やめろよ」
「さっきは繋いでくれたのに?」
「ああもう、いいけどさ」
幸い、人通りは少ない。男同士手を繋ぐくらい、何てこと無いだろう。半日一緒に過ごしてみて思ったのだが、優太のパーソナルスペースはえらく狭い。ただ、別に俺も不快じゃないし、そのままにさせてやろうと思った。
「また一緒に遊びに行こうな、達矢!」
「ああ、いいよ」
何はともあれ、楽しんでくれて良かった。こうして、優太とのデートは終わった。