偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~
23 日曜日
優太と遊びに行った翌日。俺は自室に引きこもり、小説に向き合っていた。今日中に読みきってしまおうと思ったのだ。映画とは主人公の人間関係が違うし、難しい設定も出てくるしで、ペースは遅かったが、夕飯が出来上がる頃になってようやく、全て読むことができた。
今日は家族三人揃っての夕飯だった。メニューは親子丼。珍しく父親が作った。
「美味いね、これ」
俺が褒めると、父親は胸を張った。
「だろう? 達矢もこれくらいできるようにならなきゃな」
もう、母親と同じことを言う。しかし、料理ができた方が将来何かと役に立つだろう。芹香へのアピールポイントにもなるかもしれない。
「達矢、安奈ちゃんは元気にしてる?」
母親が聞いてきた。
「うん、相変わらず」
「高校まで一緒になるだなんて、保育園の頃は思ってもみなかったわ。安奈ちゃんには優しくするのよ?」
「わかってるって」
両親には、付き合っているフリをしていることを話していない。ややこしいことになるからだ。俺たちの小さい頃は、このまま二人が結婚したらいいのにねだなんて盛り上がっていたこともあるらしい。まったく、勝手なんだから。
風呂に入り、ベッドでゴロゴロしていると、安奈からラインが来た。
『今、何してるの?』
こんな風にメッセージが来ることは珍しい。俺は不思議に思った。
『風呂入って、ゴロゴロしてるとこ』
そう返すと、今度は電話がきた。
「達矢」
「なんだよ安奈。どうした?」
「なんとなく、話したくなって」
俺は充電ケーブルをスマホに差した。電池が残り少なかったのだ。
「どうせ明日も会うんだから、話すことなんてないだろ?」
「わたしにはあるの」
「スマホの電池ヤバいから、手短にしてくれる?」
「……じゃあ、今からいつもの公園に来れないかな?」
時間を確認した。まだ夜の八時だ。まあ、別にいいだろうと思い、俺は一度電話を切った。どうせ会うのは安奈だ。俺は部屋着にしているヨレヨレのTシャツのまま、外に出ることにした。少し肌寒いから、その上から薄手のパーカーを羽織った。スニーカーを履いていると、母親から声がかかった。
「あんた、今からどこ行くの?」
「安奈に呼ばれた。いつもの公園行ってくる」
「そう。あまり遅くならないでよ? それと、安奈ちゃんを送ってから帰りなさいね?」
「はーい」
自宅マンションを出ると、気持ちの良い夜風が肌を撫でた。いつもの公園には、安奈が先に着いていて、俺の分のコーヒーも買ってきてくれていた。俺はそれを遠慮なく受け取ると、安奈の隣に腰かけた。
「安奈。どうした?」
「その、もうすぐゴールデンウィークでしょう? 達矢とどこか遊びに行きたいなあって」
なんだ、そんな話か。呼び出すまでのことじゃないと思うのだが。俺はコーヒーを一口飲み、こう言った。
「別に、一日くらいいいぞ。どうせ暇してるし」
「うん。映画、観に行こうよ」
安奈はスマホを取り出し、今やっている映画の一覧を見せてきた。そういえば、久しく映画館には行っていない。俺は画面をスクロールさせ、何があるかを確認した。
「この洋画は?」
「あっ、前作観てない」
「じゃあパスだな。こっちの邦画にするか?」
「うん、いいね」
すんなり観る映画が決まり、今度は時間を見た。昼の十二時に終わる回があった。これなら、観た後に昼食を食べて解散すれば丁度いいだろう。安奈が言った。
「じゃあ、予約しとくね」
「よろしく」
さて、用事が済んだ。コーヒーを飲み終えてしまおうとすると、安奈が俺のパーカーの裾を握ってきた。
「なんだよ」
「もう帰ろうとしてるでしょう?」
「うん」
「もう少し、話そうよ」
安奈は二重まぶたの大きな目で俺を見つめてきた。俺はコーヒーを少しだけ飲んだ。これを無視して帰らせるのは簡単だが、母親にも安奈に優しくしろと言われたばかりだしな、と彼女の希望を叶えてやることにした。
「なんか、話すことなんてあったか?」
すると、安奈はこんなことを言った。
「最近さ、達矢ってあたしの男嫌いを治そうとしてくるよね?」
「そりゃまあな。いつまでも俺にべったりだとお互い困るだろう?」
いつか、安奈に本当に好きな人ができたとして。会話もままならないようじゃ困るだろう。だから俺は、世話を焼いているのだ。
「それ、迷惑だし、わたしは困ってない。だから、変に男の子と接点を持たせるようなことはやめてほしいなって」
「なんだよそれ。拓磨や香澄と会わせたの、そんなにまずかったか?」
「あの二人は大丈夫。けど、達矢って、あの大原くんに似てる人とも会わそうとしてるでしょう?」
目論見がバレていたのか。俺は、一樹とも会話させてみようとは確かに考えていた。
「ああ、うん……」
この幼馴染に嘘をついても仕方がない。俺は大人しく頷いた。
「わたしなら大丈夫だから」
安奈は唇を突き出した。そんなに会いたくないのか。余計に会わせたくなってしまうな、などと考えながら、俺はコーヒーを飲み干した。
「わかったよ。さっ、そろそろ帰ろう。送るよ」
俺は安奈を家まで送った。せっかく人が心配してやっているのに、なぜそこまで男を嫌うのかが俺には分からなかった。
今日は家族三人揃っての夕飯だった。メニューは親子丼。珍しく父親が作った。
「美味いね、これ」
俺が褒めると、父親は胸を張った。
「だろう? 達矢もこれくらいできるようにならなきゃな」
もう、母親と同じことを言う。しかし、料理ができた方が将来何かと役に立つだろう。芹香へのアピールポイントにもなるかもしれない。
「達矢、安奈ちゃんは元気にしてる?」
母親が聞いてきた。
「うん、相変わらず」
「高校まで一緒になるだなんて、保育園の頃は思ってもみなかったわ。安奈ちゃんには優しくするのよ?」
「わかってるって」
両親には、付き合っているフリをしていることを話していない。ややこしいことになるからだ。俺たちの小さい頃は、このまま二人が結婚したらいいのにねだなんて盛り上がっていたこともあるらしい。まったく、勝手なんだから。
風呂に入り、ベッドでゴロゴロしていると、安奈からラインが来た。
『今、何してるの?』
こんな風にメッセージが来ることは珍しい。俺は不思議に思った。
『風呂入って、ゴロゴロしてるとこ』
そう返すと、今度は電話がきた。
「達矢」
「なんだよ安奈。どうした?」
「なんとなく、話したくなって」
俺は充電ケーブルをスマホに差した。電池が残り少なかったのだ。
「どうせ明日も会うんだから、話すことなんてないだろ?」
「わたしにはあるの」
「スマホの電池ヤバいから、手短にしてくれる?」
「……じゃあ、今からいつもの公園に来れないかな?」
時間を確認した。まだ夜の八時だ。まあ、別にいいだろうと思い、俺は一度電話を切った。どうせ会うのは安奈だ。俺は部屋着にしているヨレヨレのTシャツのまま、外に出ることにした。少し肌寒いから、その上から薄手のパーカーを羽織った。スニーカーを履いていると、母親から声がかかった。
「あんた、今からどこ行くの?」
「安奈に呼ばれた。いつもの公園行ってくる」
「そう。あまり遅くならないでよ? それと、安奈ちゃんを送ってから帰りなさいね?」
「はーい」
自宅マンションを出ると、気持ちの良い夜風が肌を撫でた。いつもの公園には、安奈が先に着いていて、俺の分のコーヒーも買ってきてくれていた。俺はそれを遠慮なく受け取ると、安奈の隣に腰かけた。
「安奈。どうした?」
「その、もうすぐゴールデンウィークでしょう? 達矢とどこか遊びに行きたいなあって」
なんだ、そんな話か。呼び出すまでのことじゃないと思うのだが。俺はコーヒーを一口飲み、こう言った。
「別に、一日くらいいいぞ。どうせ暇してるし」
「うん。映画、観に行こうよ」
安奈はスマホを取り出し、今やっている映画の一覧を見せてきた。そういえば、久しく映画館には行っていない。俺は画面をスクロールさせ、何があるかを確認した。
「この洋画は?」
「あっ、前作観てない」
「じゃあパスだな。こっちの邦画にするか?」
「うん、いいね」
すんなり観る映画が決まり、今度は時間を見た。昼の十二時に終わる回があった。これなら、観た後に昼食を食べて解散すれば丁度いいだろう。安奈が言った。
「じゃあ、予約しとくね」
「よろしく」
さて、用事が済んだ。コーヒーを飲み終えてしまおうとすると、安奈が俺のパーカーの裾を握ってきた。
「なんだよ」
「もう帰ろうとしてるでしょう?」
「うん」
「もう少し、話そうよ」
安奈は二重まぶたの大きな目で俺を見つめてきた。俺はコーヒーを少しだけ飲んだ。これを無視して帰らせるのは簡単だが、母親にも安奈に優しくしろと言われたばかりだしな、と彼女の希望を叶えてやることにした。
「なんか、話すことなんてあったか?」
すると、安奈はこんなことを言った。
「最近さ、達矢ってあたしの男嫌いを治そうとしてくるよね?」
「そりゃまあな。いつまでも俺にべったりだとお互い困るだろう?」
いつか、安奈に本当に好きな人ができたとして。会話もままならないようじゃ困るだろう。だから俺は、世話を焼いているのだ。
「それ、迷惑だし、わたしは困ってない。だから、変に男の子と接点を持たせるようなことはやめてほしいなって」
「なんだよそれ。拓磨や香澄と会わせたの、そんなにまずかったか?」
「あの二人は大丈夫。けど、達矢って、あの大原くんに似てる人とも会わそうとしてるでしょう?」
目論見がバレていたのか。俺は、一樹とも会話させてみようとは確かに考えていた。
「ああ、うん……」
この幼馴染に嘘をついても仕方がない。俺は大人しく頷いた。
「わたしなら大丈夫だから」
安奈は唇を突き出した。そんなに会いたくないのか。余計に会わせたくなってしまうな、などと考えながら、俺はコーヒーを飲み干した。
「わかったよ。さっ、そろそろ帰ろう。送るよ」
俺は安奈を家まで送った。せっかく人が心配してやっているのに、なぜそこまで男を嫌うのかが俺には分からなかった。