偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~
28 中学時代
芹香はまず、こう語りだした。
「中学のとき、バスケ部だったんだ。下手なりに、楽しくやれてた。一年生の秋まではね」
バスケ部の男子の先輩に、告白されたらしい。芹香はその人のことを別にそこまで好きでは無かったが、彼氏ができることが嬉しくて、その想いを受け入れたらしい。
「彼とはね……拙いなりに、彼氏彼女やってたよ。相手があたしのことを好きだって分かってから、あたしも彼のことを好きになり始めてね。キスまでは許した」
しかし、その彼氏のことを、バスケ部の女の先輩が片思いしていたらしい。それで、嫌がらせが始まったという。
「最初は、些細なことだったよ。あたしが体育館に来るなり、さっと避けていったりなんかしてね。でも、そのうちに、教科書とかを隠されるようになった」
物が無くなるのは、バスケ部の部室に荷物を置いていたときだけだったので、その先輩がやったとすぐに察しはついたらしい。でも、証拠がない。芹香は彼氏に相談した。それが、まずかったのだと。
「彼氏が、その先輩に食ってかかってね。芹香をいじめるなって。先輩、泣き出しちゃって、そこに現れた顧問に色々と誤解されちゃって。結局、あたしはバスケ部をやめて、彼とも別れることになったよ」
それから芹香は、本の世界に没頭した。目に見えた嫌がらせは無くなったが、噂が広まり、彼女は孤立したのだ。そのまま、中学を卒業し、高校では誰とも付き合わないでおこうと決め、入学したのだと。
「もう、面倒なんだよ。付き合うのとか別れるのとか。だから、優太の想いも受け入れない。そう決めてる」
芹香がそう話し終わった頃、完全下校のベルが鳴った。彼女はすっと立ち上がった。
「戸締まり、しなきゃね」
「う、うん」
俺と芹香は図書室の鍵を施錠し、職員室に鍵を返しに行った。どうしよう、このまま芹香を帰したくない。あんな話を聞いた後では尚更だ。下駄箱の所で、俺は思いきって言った。
「なあ芹香、どこか寄って帰らないか?」
断られるかと思ったが、芹香はすんなり頷いた。
「どうする? あたし、お腹すいたんだけど」
「じゃあ、ファミレス行こうか?」
俺は母親に、今日の夕飯は要らないとラインを打った。もう少し早く言いなさいとお叱りがきた。
「そういえば、芹香の家は大丈夫なのか?
いきなり外食の連絡して」
「うちはいいの。最初から夕飯無いし。どのみち食べて帰ろうかと思ってた」
芹香は自転車を押しながら、家のことについても話してくれた。彼女は母子家庭で、母親は夜の仕事をしているということ。実の父親からは金銭的な援助があるため、生活には困っていないということ。
「夕飯って一人で食べるものだったから。正直言うと、嬉しいかも」
そう言って芹香は頬を染めた。何だか俺の顔も熱くなってきた。何の色気も無い場所に行こうとしているのに。
ファミレスの駐輪スペースに芹香は自転車を停め、俺たちは中に入った。俺はミックスグリルを、芹香は和食御膳を注文した。ドリンクバーももちろんつけた。
「いただきます」
律儀にそう言ってから、芹香は箸を持った。まずは味噌汁からいくらしい。俺もハンバーグをナイフで切り分けた。芹香が言った。
「中学のときの話だけどさ」
「うん」
「優太には、言わないでね。何となく、あいつには言いたくない」
「わかった」
俺は優太のことを考えた。もしも芹香の中学時代の話を知ったら、彼は引くだろうか? それとも、余計に近付こうとするのだろうか?
そして、俺は。俺は、どうすればいいのだろう。芹香の恋愛に対する思いを知ってしまった今、彼女との距離を測りかねていた。
「やっぱり、いいもんだね。誰かと食べる夕食っていうのは」
薄く笑みをこぼしながら、芹香が言った。
「うん。俺でよければ、いつでも一緒に夕飯とるよ」
「安奈ちゃんにも遠慮しなくてもいいしね」
「遠慮?」
「うん。達矢には彼女が居るし、近付きたくないって思ってたんだ」
芹香の過去を聞いた今では、納得できる理由だった。彼女はややこしい色恋沙汰なんかに巻き込まれたくは無いのだ。
「高校では友達なんか要らないって思ってたけど、こういう寄り道、やっぱり楽しい。ねえ、達矢。あたしと友達になってよ」
「……俺は前から、友達のつもりだよ?」
「うん、そっか」
それぞれ食事を終え、俺は二人分のホットコーヒーをドリンクバーで取って持ってきた。
「ありがとう、達矢」
「いえいえ」
二人とも、ブラックだ。そういう飲み物の好みが一緒なことも、俺は嬉しかった。けれど、芹香の本心は。もう、面倒なのだというあの言葉は。
「そうだ、達矢。映画なんだけど、やっぱり一緒に観に行こうか?」
「ふえっ!?」
変な声が出てしまった。芹香はきょとんとした表情を浮かべていた。
「あれ、嫌だった?」
「全然! 行こう行こう!」
とんとん拍子に話は進み、次の土曜日、芹香と映画館に行くことに決まった。
「中学のとき、バスケ部だったんだ。下手なりに、楽しくやれてた。一年生の秋まではね」
バスケ部の男子の先輩に、告白されたらしい。芹香はその人のことを別にそこまで好きでは無かったが、彼氏ができることが嬉しくて、その想いを受け入れたらしい。
「彼とはね……拙いなりに、彼氏彼女やってたよ。相手があたしのことを好きだって分かってから、あたしも彼のことを好きになり始めてね。キスまでは許した」
しかし、その彼氏のことを、バスケ部の女の先輩が片思いしていたらしい。それで、嫌がらせが始まったという。
「最初は、些細なことだったよ。あたしが体育館に来るなり、さっと避けていったりなんかしてね。でも、そのうちに、教科書とかを隠されるようになった」
物が無くなるのは、バスケ部の部室に荷物を置いていたときだけだったので、その先輩がやったとすぐに察しはついたらしい。でも、証拠がない。芹香は彼氏に相談した。それが、まずかったのだと。
「彼氏が、その先輩に食ってかかってね。芹香をいじめるなって。先輩、泣き出しちゃって、そこに現れた顧問に色々と誤解されちゃって。結局、あたしはバスケ部をやめて、彼とも別れることになったよ」
それから芹香は、本の世界に没頭した。目に見えた嫌がらせは無くなったが、噂が広まり、彼女は孤立したのだ。そのまま、中学を卒業し、高校では誰とも付き合わないでおこうと決め、入学したのだと。
「もう、面倒なんだよ。付き合うのとか別れるのとか。だから、優太の想いも受け入れない。そう決めてる」
芹香がそう話し終わった頃、完全下校のベルが鳴った。彼女はすっと立ち上がった。
「戸締まり、しなきゃね」
「う、うん」
俺と芹香は図書室の鍵を施錠し、職員室に鍵を返しに行った。どうしよう、このまま芹香を帰したくない。あんな話を聞いた後では尚更だ。下駄箱の所で、俺は思いきって言った。
「なあ芹香、どこか寄って帰らないか?」
断られるかと思ったが、芹香はすんなり頷いた。
「どうする? あたし、お腹すいたんだけど」
「じゃあ、ファミレス行こうか?」
俺は母親に、今日の夕飯は要らないとラインを打った。もう少し早く言いなさいとお叱りがきた。
「そういえば、芹香の家は大丈夫なのか?
いきなり外食の連絡して」
「うちはいいの。最初から夕飯無いし。どのみち食べて帰ろうかと思ってた」
芹香は自転車を押しながら、家のことについても話してくれた。彼女は母子家庭で、母親は夜の仕事をしているということ。実の父親からは金銭的な援助があるため、生活には困っていないということ。
「夕飯って一人で食べるものだったから。正直言うと、嬉しいかも」
そう言って芹香は頬を染めた。何だか俺の顔も熱くなってきた。何の色気も無い場所に行こうとしているのに。
ファミレスの駐輪スペースに芹香は自転車を停め、俺たちは中に入った。俺はミックスグリルを、芹香は和食御膳を注文した。ドリンクバーももちろんつけた。
「いただきます」
律儀にそう言ってから、芹香は箸を持った。まずは味噌汁からいくらしい。俺もハンバーグをナイフで切り分けた。芹香が言った。
「中学のときの話だけどさ」
「うん」
「優太には、言わないでね。何となく、あいつには言いたくない」
「わかった」
俺は優太のことを考えた。もしも芹香の中学時代の話を知ったら、彼は引くだろうか? それとも、余計に近付こうとするのだろうか?
そして、俺は。俺は、どうすればいいのだろう。芹香の恋愛に対する思いを知ってしまった今、彼女との距離を測りかねていた。
「やっぱり、いいもんだね。誰かと食べる夕食っていうのは」
薄く笑みをこぼしながら、芹香が言った。
「うん。俺でよければ、いつでも一緒に夕飯とるよ」
「安奈ちゃんにも遠慮しなくてもいいしね」
「遠慮?」
「うん。達矢には彼女が居るし、近付きたくないって思ってたんだ」
芹香の過去を聞いた今では、納得できる理由だった。彼女はややこしい色恋沙汰なんかに巻き込まれたくは無いのだ。
「高校では友達なんか要らないって思ってたけど、こういう寄り道、やっぱり楽しい。ねえ、達矢。あたしと友達になってよ」
「……俺は前から、友達のつもりだよ?」
「うん、そっか」
それぞれ食事を終え、俺は二人分のホットコーヒーをドリンクバーで取って持ってきた。
「ありがとう、達矢」
「いえいえ」
二人とも、ブラックだ。そういう飲み物の好みが一緒なことも、俺は嬉しかった。けれど、芹香の本心は。もう、面倒なのだというあの言葉は。
「そうだ、達矢。映画なんだけど、やっぱり一緒に観に行こうか?」
「ふえっ!?」
変な声が出てしまった。芹香はきょとんとした表情を浮かべていた。
「あれ、嫌だった?」
「全然! 行こう行こう!」
とんとん拍子に話は進み、次の土曜日、芹香と映画館に行くことに決まった。