偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~
36 テスト勉強
すっかり季節は夏になった。そうすると、やってくるのは期末テストだ。今度こそ赤点を取るわけにはいかない。なぜなら、期末テストは夏休みに補習があるからだ。
「赤点三兄弟。ちょっとこっち来い」
ある日、拓磨に俺たちは呼ばれた。
「テスト勉強、オレが見てやる。放課後、クラスに残って勉強な」
「えーやだやだ! 見たいテレビもあるのにー!」
「香澄はそれだからダメなんだ! 達矢も一樹も、いいな?」
放課後勉強することになったと安奈に告げると、彼女も加わると言い出した。
「先生役が拓磨くん一人だけだと大変でしょう? わたしも参加します」
「お手柔らかに頼むな……」
一組の教室に俺たち五人は集まり、机を動かして勉強開始となった。
「香澄はまず、前の単元に戻ってやり直しな」
「えーん拓磨、厳しいよぉ」
香澄は泣き真似をしたが、それが通じる拓磨では無い。数学の問題を、中間テストの地点からやらされていた。一樹の正面には安奈が座っていて、同じく数学を教えていた。
「途中課程見ていいかな? うん……ここまでは合ってる。簡単な引き算を間違えてるね」
「マジか。オレ、ケアレスミスが多いんだよなぁ……」
俺が取り掛かったのはまず英語だ。長文読解が苦手で、選択肢はいつも適当に丸をしていた。
「達矢はまず単語を覚えていないでしょう? だから読み飛ばしてわけわかんなくなるの」
「ごもっともです」
「単語カード作るところから始めたら? まあ、わたしは作りながら覚えちゃうんだけど……」
そんな頭の良さがあれば今頃苦労してないよ。俺は安奈の提案通り、単語カードを作り始めた。空き時間にもこれを眺めて、何とかしよう。一時間ほどすると、赤点三兄弟たちの集中はすっかり切れてしまった。香澄が叫んだ。
「糖分が欲しいよー! 先生! 糖分補給させてください!」
「仕方ないなぁ。オレが何か買ってくるよ」
拓磨が言うと、なんと安奈も席を立った。
「あっ、わたしも行く!」
そして、二人で購買へと出かけてしまった。俺は目を疑った。あの安奈が、俺以外の男子と二人っきりになっている。
「安奈、だいぶ克服できてきたな……」
俺が呟くと、一樹が尋ねてきた。
「克服って、何が?」
「ああ、安奈の奴、中学のときは男嫌いでさ。あんな風に、俺以外の男と二人で行動するところなんて初めて見た」
「へえ! そうなんだ」
一樹は頭をかいた。そのとき、彼の耳にピアスがついていることに気付いた。
「あれ? 一樹、ピアスあけてたっけ」
「これ? 実は昨日自分でやったんだ。思ったより痛くなかったぞ」
「いいなぁ、俺もあけてみようかな」
俺たちがピアス談義をしている頃、香澄は机に突っ伏していた。完全にエネルギー切れだ。一樹によると、ピアッサーという器具でバチンとやるらしい。それを半年くらいつけっぱなしにして、ピアスを安定させるとのこと。
「ただいまー」
安奈と拓磨が、チョコレート菓子を持って戻ってきた。それを食べながら、俺は一樹と話の続きをしていた。
「なんならオレがあけてやろうか?」
「えっ、マジで? 頼むわ」
「はい、そこ! そろそろ勉強に戻る!」
拓磨先生の厳しい声がとんだ。それからもう一時間ほど勉強して、今日はお開きとなった。
「あー疲れたぁ」
帰りの電車の中で、俺はため息をついた。右隣に座っていた安奈が、ふふっと声を漏らした。
「頑張ってたね。でも、まだまだこれからだよ?」
「安奈こそ、頑張ってたな。拓磨と二人で購買に行くなんて、大したもんだぞ?」
そう言うと、安奈は顔を手で覆った。
「ちょっと、恥ずかしかったんだけどね。でも、拓磨くんはもう大丈夫。勉強の話とかで盛り上がったよ」
「えっ、勉強で盛り上がることとかある?」
「ほら、今やってる古典の話がいいよね、とか」
「すげぇな。俺なんか寝ないように必死だよ」
安奈も安奈で、自分の世界を作りに行っている。いつまでも、俺に守られるだけの幼馴染じゃない。そのことが、俺には誇らしかった。でも、少しだけ、寂しくもあった。これから、安奈に「本当の恋人」ができる日はやってくるのだろうか。できればそれは、俺のよく知っている、信用の置ける奴がいいな。
「ちょっと達矢、何考え込んでるの?」
「別に?」
「嘘だ。何か考えてたでしょ」
「また、後で話そう」
俺たちはいつもの公園に寄った。もうホットの缶はとっくに売っていない。俺はアイスコーヒーを、安奈はオレンジジュースを選んだ。
「安奈。本当の恋人、できそうか?」
すると、安奈は首を横に振った。
「要らないよ。本当の彼氏なんか居なくても、今でも十分楽しいし」
「そうか。でもさ、勿体ないと思うぞ? せっかくの高校生活、楽しまなきゃな」
「だから、わたしは十分楽しんでるってば」
それでも俺は、安奈に「本当の恋人」ができることを待ち望んでいた。だって、大事な幼馴染だから。彼女には、幸せになって欲しいのだ。こんな、偽の彼氏じゃなく、本当の彼氏に、大切にしてもらいたいのだ。それを俺は、安奈に分かって欲しかった。
「赤点三兄弟。ちょっとこっち来い」
ある日、拓磨に俺たちは呼ばれた。
「テスト勉強、オレが見てやる。放課後、クラスに残って勉強な」
「えーやだやだ! 見たいテレビもあるのにー!」
「香澄はそれだからダメなんだ! 達矢も一樹も、いいな?」
放課後勉強することになったと安奈に告げると、彼女も加わると言い出した。
「先生役が拓磨くん一人だけだと大変でしょう? わたしも参加します」
「お手柔らかに頼むな……」
一組の教室に俺たち五人は集まり、机を動かして勉強開始となった。
「香澄はまず、前の単元に戻ってやり直しな」
「えーん拓磨、厳しいよぉ」
香澄は泣き真似をしたが、それが通じる拓磨では無い。数学の問題を、中間テストの地点からやらされていた。一樹の正面には安奈が座っていて、同じく数学を教えていた。
「途中課程見ていいかな? うん……ここまでは合ってる。簡単な引き算を間違えてるね」
「マジか。オレ、ケアレスミスが多いんだよなぁ……」
俺が取り掛かったのはまず英語だ。長文読解が苦手で、選択肢はいつも適当に丸をしていた。
「達矢はまず単語を覚えていないでしょう? だから読み飛ばしてわけわかんなくなるの」
「ごもっともです」
「単語カード作るところから始めたら? まあ、わたしは作りながら覚えちゃうんだけど……」
そんな頭の良さがあれば今頃苦労してないよ。俺は安奈の提案通り、単語カードを作り始めた。空き時間にもこれを眺めて、何とかしよう。一時間ほどすると、赤点三兄弟たちの集中はすっかり切れてしまった。香澄が叫んだ。
「糖分が欲しいよー! 先生! 糖分補給させてください!」
「仕方ないなぁ。オレが何か買ってくるよ」
拓磨が言うと、なんと安奈も席を立った。
「あっ、わたしも行く!」
そして、二人で購買へと出かけてしまった。俺は目を疑った。あの安奈が、俺以外の男子と二人っきりになっている。
「安奈、だいぶ克服できてきたな……」
俺が呟くと、一樹が尋ねてきた。
「克服って、何が?」
「ああ、安奈の奴、中学のときは男嫌いでさ。あんな風に、俺以外の男と二人で行動するところなんて初めて見た」
「へえ! そうなんだ」
一樹は頭をかいた。そのとき、彼の耳にピアスがついていることに気付いた。
「あれ? 一樹、ピアスあけてたっけ」
「これ? 実は昨日自分でやったんだ。思ったより痛くなかったぞ」
「いいなぁ、俺もあけてみようかな」
俺たちがピアス談義をしている頃、香澄は机に突っ伏していた。完全にエネルギー切れだ。一樹によると、ピアッサーという器具でバチンとやるらしい。それを半年くらいつけっぱなしにして、ピアスを安定させるとのこと。
「ただいまー」
安奈と拓磨が、チョコレート菓子を持って戻ってきた。それを食べながら、俺は一樹と話の続きをしていた。
「なんならオレがあけてやろうか?」
「えっ、マジで? 頼むわ」
「はい、そこ! そろそろ勉強に戻る!」
拓磨先生の厳しい声がとんだ。それからもう一時間ほど勉強して、今日はお開きとなった。
「あー疲れたぁ」
帰りの電車の中で、俺はため息をついた。右隣に座っていた安奈が、ふふっと声を漏らした。
「頑張ってたね。でも、まだまだこれからだよ?」
「安奈こそ、頑張ってたな。拓磨と二人で購買に行くなんて、大したもんだぞ?」
そう言うと、安奈は顔を手で覆った。
「ちょっと、恥ずかしかったんだけどね。でも、拓磨くんはもう大丈夫。勉強の話とかで盛り上がったよ」
「えっ、勉強で盛り上がることとかある?」
「ほら、今やってる古典の話がいいよね、とか」
「すげぇな。俺なんか寝ないように必死だよ」
安奈も安奈で、自分の世界を作りに行っている。いつまでも、俺に守られるだけの幼馴染じゃない。そのことが、俺には誇らしかった。でも、少しだけ、寂しくもあった。これから、安奈に「本当の恋人」ができる日はやってくるのだろうか。できればそれは、俺のよく知っている、信用の置ける奴がいいな。
「ちょっと達矢、何考え込んでるの?」
「別に?」
「嘘だ。何か考えてたでしょ」
「また、後で話そう」
俺たちはいつもの公園に寄った。もうホットの缶はとっくに売っていない。俺はアイスコーヒーを、安奈はオレンジジュースを選んだ。
「安奈。本当の恋人、できそうか?」
すると、安奈は首を横に振った。
「要らないよ。本当の彼氏なんか居なくても、今でも十分楽しいし」
「そうか。でもさ、勿体ないと思うぞ? せっかくの高校生活、楽しまなきゃな」
「だから、わたしは十分楽しんでるってば」
それでも俺は、安奈に「本当の恋人」ができることを待ち望んでいた。だって、大事な幼馴染だから。彼女には、幸せになって欲しいのだ。こんな、偽の彼氏じゃなく、本当の彼氏に、大切にしてもらいたいのだ。それを俺は、安奈に分かって欲しかった。