偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~

04 幼馴染

 委員決めがあった日。この日も高校は午前までで、俺は安奈と寄り道して帰ることにした。今度は高校の最寄りの駅前にあるファーストフード店だ。食の細い安奈はハンバーガーとウーロン茶だけ。俺の頼んだセットについてきたポテトを何本か分けてやる。それがいつものやり方だった。

「へえ、図書委員になったんだ?」

 行儀よくハンバーガーを両手で持ちながら、安奈が意外そうな声を上げた。

「まあ、クラスの役職くらいにはついてもいいかと思ってな」
「うちは図書委員、まだ決まってないよ。そっか、そうなんだ……」

 しばらく黙りこくったままハンバーガーを口に運んでいた安奈だったが、それを食べ終わり、ウーロン茶をくいっと飲んで、こう言い放った。

「わたしも図書委員になる!」
「ええっ!?」

 俺は掴みかけたポテトをトレイに取り落とした。

「放課後の当番もあるんだぞ? 合唱部、どうするんだよ」
「んーとね、ここの合唱部には入らないでおこうかなって」
「はぁ? なんで?」
「けっこう、男子が多いらしいの。それが嫌だなぁって」

 男嫌いもここまできたか。いや、それを助長させるようなことをしているのは俺なんだが。

「お前なぁ、いい加減俺離れしろよ」
「やだ。わたしもなるって決めた。第一、なんで達矢は委員の中で図書委員を選んだの? 本なんか読まないのに」

 呉川さんにつられて……だなんて、本当のことを言えるわけはない。しかし、俺が読書嫌いだということをこの幼馴染はよく知っている。俺は視線をすいすい泳がせた。

「なんだっていいだろ。それより、女友達できそうか?」

 結局、強引に話題を打ち切った。もういい。安奈が同じ図書委員になろうと、知ったこっちゃない。

「うん! 今日ね、千歳ちゃんって子とラインを交換したよ。ちっちゃくて、お人形さんみたいで、とっても可愛いの」
「それは良かったな」

 そういえば、俺はまだ拓磨と香澄とラインを交換していないことを思い出した。明日辺り、言い出してみるか。

「達矢はどうなの?」
「前の席の奴と、そいつと同じ中学の奴と仲良くなった。俺たちが付き合っていることも話したぞ」

 あのときの香澄の剣幕は凄かった……。俺たちが幼馴染で、保育園からの付き合いだと言うと、キャーと奇声をあげていた。確かに、そういった関係での彼氏彼女というのはいかにも少女漫画とかにありそうな設定だ。残念ながら、フリなのだが。

「わたしもね、千歳ちゃんには達矢のこと話したよ。すっごく羨ましがられちゃった。いつか千歳ちゃんを紹介するね?」
「ああ、そのときはまた、上手くやるよ」

 そのとき俺は、ふと思いついた。安奈の男嫌いを緩和させるために、俺の友達を紹介して慣れさせるのはどうかと。特に、香澄は見た目が女の子っぽいし、安奈も抵抗感が少ないだろう。拓磨は身長が高い分威圧感が凄いが、内面は穏やかそうだ。

「俺の友達とも会ってみるか?」

 良い案だと思ったのだが、安奈は渋い顔をした。

「それはちょっと、恥ずかしいかなって」
「なんだよそりゃ」

 まあ、今すぐでなくてもいい。安奈の気が向いたら、四人で寄り道でもしてみよう。俺はそう決めて、残りわずかになっていたアイスコーヒーをストローですすった。
 ファーストフード店では長居する気が起きず、トレイが空になると俺たちはすぐに店を出たのだが、なんとなくまだ話し足りなかった。それで、電車に乗って、互いの家の中間地点、いつもの公園と呼んでいる、遊具の無いベンチだけの公園に俺たちは向かった。

「達矢はコーヒーでしょ? わたしはどうしようっかなぁ」

 公園の手前にある自動販売機で、安奈は人差し指を立てて悩んでいた。その間に、俺はとっととコーヒーを選んだ。

「決めた。おしるこ」
「げぇっ、またそんなゲテモノ飲むのかよ」
「おしるこはゲテモノなんかじゃないです!」

 もう、ここまで来ると、ミナコー生は居ないだろう。俺は彼氏モードをオフにして、ベンチに座った。話は互いの家のことになった。

「達矢のお母さん、お元気? 母親同士はしばらく会えてないってうちのお母さん言ってたから」
「ああ、元気だよ。夜勤もあるから大変そうだがな」

 俺の母親は看護師をしていた。元はといえば、母親たちが保育参観か何かで意気投合してしまい、互いの家に行き来するようになったのが、俺と安奈の付き合いの始まりだった。

「うちも忙しそう。お父さんも、帰ってくるの遅いしね」
「そっか、大変だな。うちの父親は定時であがってくるぞ」

 俺の父親は地方公務員だ。小学生の時までは、六人で夏にキャンプや海に行くこともあったが、中学生になってからは一切そういうのはしていない。俺は当時のことを懐かしく思った。
 こんな話ができるから、幼馴染は良い。彼氏のフリは面倒だが、安奈の存在自体は、俺にとって大切なものだった。
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