偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~
41 傷心とピアス
今日は芹香が告白する日だ。そう思いながら目が覚めた。詳しい話までは聞いていない。いつ、どんな場所で、彼らは恋人になるのだろう。
俺は冷蔵庫から飲みかけのコーラのペットボトルを取り出した。炭酸が抜けてしまっていた。それを飲みながら、昨日買った吾妻勇吾の小説を読むことにした。俺は三日かけて、それを読みきった。
「残暑」は、交通事故で彼女を亡くした主人公が、その死を受け入れ、新しい恋人と結ばれる話だった。柄にもなく俺は泣いた。自分の境遇と重なったからだろうか。とても感傷的になってしまった。
ダメだ、この小説では読書感想文など書けない。何か他のものにしよう。思い付いたのは、一樹の存在だった。奴もこの手の宿題には苦戦しているに違いない。俺がラインを打つと、案の定何の本も読んでいないらしく、一緒に書店に行くことになった。
「よう、達矢」
「よっ。何だか久しぶりだな」
「悪いな、こっちまで来てもらって」
芹香と行ったミナコーの近くの書店は避けたかった。それで、一樹の家の最寄り駅まで行ったのである。俺は言い訳をした。
「ここが一番大きいし、丁度いいよ」
「そっか。さーて、探すか!」
今度は明るい内容の方がいい。俺たちは平棚に並んでいる人気作をあれこれ手に取って、ようやく一冊に決めた。
「そういえば達矢。ピアスあけたいって言ってたよな」
「ああ」
「なんなら今からピアッサー買って、オレの家でやるか?」
「いいのか?」
ピアスをあける。うん、いい区切りになるかもしれない。芹香への想いを閉じ込めてしまおう。そう決めた俺は、一樹の誘いに乗った。
一樹の家は、俺と同じようなマンションだった。家族は出掛けているらしく、俺と一樹の二人っきりだった。
「まずは消毒するな」
脱脂綿で耳たぶを拭かれた。冷たい。そしてくすぐったい。
「笑うなよ、達矢」
「だってさー」
「いいか? ピアスするときは動くなよ?」
バチン、とピアスが耳に刺さった。一樹はすぐさまもう片方の耳にも同じ事をした。
「はい、終わり」
「えっ、もう?」
「うん。意外と痛くなかったろ?」
俺は耳を触った。選んだのは、黒いストーンのピアスだ。それが今、刺さっている。今頃になって、俺はこわくなってきた。
「これ、風呂とかどうすりゃいいの?」
「ひっかけないように気をつけて髪洗えよ。ゴシゴシこすっちゃダメだ。優しくシャワーをかけること」
一樹は俺の頭をポンポンと撫でた。
「よく頑張りました」
「やめろよ、もう」
それから、ダイニングテーブルで、俺はコーヒーをご馳走になった。一樹もブラック派で、それが芹香のことを思い出させてしまった。いけない。芹香のことを吹っ切ろうと思ってピアスをあけたのに。
「そういえばさ、達矢。安奈ちゃんとはどこまでいってんの?」
「へっ?」
俺はたじろいだ。もう高校生だ。一樹の言いたいことは分かっている。
「もうやったのかなーって」
「いや、やってない」
「そうなの? 付き合い長いのに?」
「いや、だからこそ踏み込めないというか、何というか……」
ここまでの口裏合わせは安奈とはしていない。俺だって、そういう質問が誰かから来るかもしれないとは思っていた。けれど、こんなタイミングでなんて。
「安奈ちゃんは望んでるかもしれないぞ?」
「うーん、どうだろう」
「いつまでも手を出されないってやきもきしてるかもしれないぞ?」
「あいつに限ってそれはないよ。怖がりだし」
「達矢だってやりたいんだろう? 勇気出さなくちゃ」
一樹はやけに詰めてきた。どうしてそんなに俺たちのことが気になるのだろうか。だから、俺は言ってやった。
「一樹こそ、どうなんだよ。彼女とか居るの?」
「好きな子は居る」
「マジで?」
俺は身を乗り出した。よし、ここからは一樹の話を聞こう。
「でも、その他大勢の中の一人って感じに思われててさ。どうしたって特別な感情向けてくれないの」
「そっか。それは辛いな」
失恋したばかりの俺には、一樹の気持ちが痛いほどよく分かった。しかしここは、余裕のある彼女持ちとして取り繕う必要がある。
「二人で遊びに行ったこととかないの?」
「いや、無い」
「思いきって誘っちゃえよ。自分が特別だと思ってくれるようになるためには、自分から行動しなくちゃ」
それは、俺が続けていた空しい努力のことでもあった。芹香とは、何度か二人っきりになった。それでも彼女は優太を選んだ。二人になったからといって、それだけで特別になれるわけじゃない。俺は「男友達」で止まった。
「っていうか、その子ミナコー?」
「うん」
「誰か聞いていい?」
「秘密」
一樹は照れくさそうに目を伏せた。うん、これはあまり突っ込むべきじゃないな。時間のキリも良かったので、その話で俺は帰ることにした。一樹の好きな子が誰か気になるが、そのうち教えてくれるだろう。
俺は冷蔵庫から飲みかけのコーラのペットボトルを取り出した。炭酸が抜けてしまっていた。それを飲みながら、昨日買った吾妻勇吾の小説を読むことにした。俺は三日かけて、それを読みきった。
「残暑」は、交通事故で彼女を亡くした主人公が、その死を受け入れ、新しい恋人と結ばれる話だった。柄にもなく俺は泣いた。自分の境遇と重なったからだろうか。とても感傷的になってしまった。
ダメだ、この小説では読書感想文など書けない。何か他のものにしよう。思い付いたのは、一樹の存在だった。奴もこの手の宿題には苦戦しているに違いない。俺がラインを打つと、案の定何の本も読んでいないらしく、一緒に書店に行くことになった。
「よう、達矢」
「よっ。何だか久しぶりだな」
「悪いな、こっちまで来てもらって」
芹香と行ったミナコーの近くの書店は避けたかった。それで、一樹の家の最寄り駅まで行ったのである。俺は言い訳をした。
「ここが一番大きいし、丁度いいよ」
「そっか。さーて、探すか!」
今度は明るい内容の方がいい。俺たちは平棚に並んでいる人気作をあれこれ手に取って、ようやく一冊に決めた。
「そういえば達矢。ピアスあけたいって言ってたよな」
「ああ」
「なんなら今からピアッサー買って、オレの家でやるか?」
「いいのか?」
ピアスをあける。うん、いい区切りになるかもしれない。芹香への想いを閉じ込めてしまおう。そう決めた俺は、一樹の誘いに乗った。
一樹の家は、俺と同じようなマンションだった。家族は出掛けているらしく、俺と一樹の二人っきりだった。
「まずは消毒するな」
脱脂綿で耳たぶを拭かれた。冷たい。そしてくすぐったい。
「笑うなよ、達矢」
「だってさー」
「いいか? ピアスするときは動くなよ?」
バチン、とピアスが耳に刺さった。一樹はすぐさまもう片方の耳にも同じ事をした。
「はい、終わり」
「えっ、もう?」
「うん。意外と痛くなかったろ?」
俺は耳を触った。選んだのは、黒いストーンのピアスだ。それが今、刺さっている。今頃になって、俺はこわくなってきた。
「これ、風呂とかどうすりゃいいの?」
「ひっかけないように気をつけて髪洗えよ。ゴシゴシこすっちゃダメだ。優しくシャワーをかけること」
一樹は俺の頭をポンポンと撫でた。
「よく頑張りました」
「やめろよ、もう」
それから、ダイニングテーブルで、俺はコーヒーをご馳走になった。一樹もブラック派で、それが芹香のことを思い出させてしまった。いけない。芹香のことを吹っ切ろうと思ってピアスをあけたのに。
「そういえばさ、達矢。安奈ちゃんとはどこまでいってんの?」
「へっ?」
俺はたじろいだ。もう高校生だ。一樹の言いたいことは分かっている。
「もうやったのかなーって」
「いや、やってない」
「そうなの? 付き合い長いのに?」
「いや、だからこそ踏み込めないというか、何というか……」
ここまでの口裏合わせは安奈とはしていない。俺だって、そういう質問が誰かから来るかもしれないとは思っていた。けれど、こんなタイミングでなんて。
「安奈ちゃんは望んでるかもしれないぞ?」
「うーん、どうだろう」
「いつまでも手を出されないってやきもきしてるかもしれないぞ?」
「あいつに限ってそれはないよ。怖がりだし」
「達矢だってやりたいんだろう? 勇気出さなくちゃ」
一樹はやけに詰めてきた。どうしてそんなに俺たちのことが気になるのだろうか。だから、俺は言ってやった。
「一樹こそ、どうなんだよ。彼女とか居るの?」
「好きな子は居る」
「マジで?」
俺は身を乗り出した。よし、ここからは一樹の話を聞こう。
「でも、その他大勢の中の一人って感じに思われててさ。どうしたって特別な感情向けてくれないの」
「そっか。それは辛いな」
失恋したばかりの俺には、一樹の気持ちが痛いほどよく分かった。しかしここは、余裕のある彼女持ちとして取り繕う必要がある。
「二人で遊びに行ったこととかないの?」
「いや、無い」
「思いきって誘っちゃえよ。自分が特別だと思ってくれるようになるためには、自分から行動しなくちゃ」
それは、俺が続けていた空しい努力のことでもあった。芹香とは、何度か二人っきりになった。それでも彼女は優太を選んだ。二人になったからといって、それだけで特別になれるわけじゃない。俺は「男友達」で止まった。
「っていうか、その子ミナコー?」
「うん」
「誰か聞いていい?」
「秘密」
一樹は照れくさそうに目を伏せた。うん、これはあまり突っ込むべきじゃないな。時間のキリも良かったので、その話で俺は帰ることにした。一樹の好きな子が誰か気になるが、そのうち教えてくれるだろう。