偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~
43 閉じ込める
千歳ちゃんとの待ち合わせには、時間丁度くらいに着いた。彼女は既に待っていて、涼しげな水色のワンピースを着ていた。
「よっ、千歳ちゃん」
「達矢くん。このワンピース、どう?」
千歳ちゃんはその場でくるりと回った。
「うん、よく似合ってる」
「初めて着てきたんだ」
「可愛いよ」
頬を染めた千歳ちゃんは、白いサンダルで背伸びをした。
「えへへ、ありがとう」
あまりにも千歳ちゃんの顔が近付いてくるので、さすがの俺も照れてきた。妹に懐かれる兄とはこんな感じなのだろうか。俺は初めて、一人っ子なのが寂しいと思った。千歳ちゃんのような子と毎日家で過ごせたら楽しいだろう。
俺たちは五分ほど坂道を歩き、目的であるケーキ屋さんに到着した。少し行っただけなのに、俺はすっかり汗ばんでしまい、店内のクーラーを有難く思った。俺はイートインでと言い、奥の席へと通された。正面に座った千歳ちゃんが言った。
「ここはね、バタークリームのケーキが有名なの。インスタで見て、食べてみたくって」
「そっか。じゃあ、それを注文しよう」
それと一緒に、俺の分のアイスコーヒーと千歳ちゃんのアイスティーを注文した。ケーキセットになってドリンクがお得らしい。店内には、他の客はおらず、俺はパタパタと手で胸元をあおいだ。
「達矢くんはインスタとかやってないの?」
「うん。SNSは面倒でさ。香澄とかはネイル用のアカウント持ってるらしいけど」
「香澄くん、凄いよねぇ。二学期になったら、またネイルやってもらうんだ」
そう言って千歳ちゃんは手を見せてきた。キラキラとしたオレンジ色に彩られていた。
「これは自分でやったんだけど、やっぱり香澄くんにやってもらうのが一番」
「あいつ、器用だもんな。勉強はできないけど」
「そういえば、夏休みは補習だったんだって?」
「ああ。別荘へ行く途中、散々愚痴を聞かされたよ」
「別荘?」
俺は、四人で行った別荘での出来事を話した。安奈と同室にされてしまい、困ったことも。
「えっと……変なこと聞いていい?」
「うん。どうした?」
「その、安奈ちゃんとはもうしたのかなぁって」
一樹にされたのと同じ質問だ。俺はこのために用意しておいたセリフを言った。
「安奈の心の準備ができるまでは、しないって決めてる」
「そっか。そうなんだ」
飲み物とケーキが届いた。ケーキは真っ白で、何の飾りもないシンプルなものだった。金色のフォークで土台を切った。スポンジケーキではなく、ずっしりとした重さのあるものだった。滑らかなバタークリームがそれと調和し、どこか懐かしい味わいのある一品だった。
千歳ちゃんはというと、まずは写真を撮っていた。インスタにでもあげるのだろう。
「ねえ、一緒に写真撮ろうよ」
「いいよ」
俺は身を乗り出し、千歳ちゃんと肩をくっつけた。スマホの画面に二人が収まっているのを確認して、千歳ちゃんはシャッターを押した。
「今送るね」
「うん」
自分のスマホでその写真を確認した。仲の良い兄妹の姿がそこにはあった。俺は、千歳ちゃんになら安奈と付き合っていないということを話してもいいかもしれないと思った。でも、早まってはいけない。まずは安奈の同意を得ておかないと。
「わあっ、美味しいね!」
「なっ、美味しいな。この店、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ケーキを食べ終えた俺は、この後どうするか考えていた。さすがにこれだけで解散というのも味気ない。しかし、この暑さの中、過ごせる場所などあるのだろうか。そんな俺の心を読んだかのように、千歳ちゃんが言った。
「この近くに芝生公園があるんだって。桜の木があって、木陰が涼しいみたい。そこに行こうよ」
「ああ、いいよ」
千歳ちゃんに先導され、俺たちは芝生公園に行った。この暑いのに、何人もの幼児が大きな遊具で遊んでいた。シャボン玉をしている子供も居た。いい昼下がりだ、と思いながら、俺たちは木陰のベンチに腰をおろした。
「はぁ、暑いなぁ」
「そうだね。飲み物買ってこようか?」
「いや、それなら俺が行くよ。千歳ちゃん、何がいい?」
「普通の麦茶かな」
「じゃあ俺もそうする」
俺は近くにあった自販機で二本の麦茶のペットボトルを買い、千歳ちゃんに差し出した。
「ありがとう」
こくこくと麦茶を飲み、フタを閉じた千歳ちゃんは、急に真剣な目付きになった。
「ねえ、達矢くん。確かめておきたいことがあるんだけど」
「ん? なに?」
「達矢くんは、私のことどう思ってるの?」
俺は言葉に詰まった。なぜそんなことを聞くのだろう。意図がわからない。ここは本当のことを言えばいいのだろうか。
「妹みたいで可愛いって思ってるよ」
「そっか。妹かぁ」
ことん、と千歳ちゃんが俺の肩に頭を乗せてきた。俺は微動だにできず、そのまま彼女の話を聞いていた。
「うん。わかってたよ。ワンピースを可愛いって言ってくれたときも、写真を撮ってくれたときも。私のことは、女としては意識していないんだろうなぁって。だから二人きりでも遊びに乗ってくれたんだろうなって」
「千歳ちゃん……」
「私、達矢くんのことが好き。男の子として、大好き。でも、ダメなんだね。きっと、安奈ちゃんの存在がなくても、私は妹としか見られていなかった」
千歳ちゃんが頭を離し、俺に向き直った。
「今日、ここで、この気持ちは閉じ込めるね」
俺は、頷くことしかできなかった。
「よっ、千歳ちゃん」
「達矢くん。このワンピース、どう?」
千歳ちゃんはその場でくるりと回った。
「うん、よく似合ってる」
「初めて着てきたんだ」
「可愛いよ」
頬を染めた千歳ちゃんは、白いサンダルで背伸びをした。
「えへへ、ありがとう」
あまりにも千歳ちゃんの顔が近付いてくるので、さすがの俺も照れてきた。妹に懐かれる兄とはこんな感じなのだろうか。俺は初めて、一人っ子なのが寂しいと思った。千歳ちゃんのような子と毎日家で過ごせたら楽しいだろう。
俺たちは五分ほど坂道を歩き、目的であるケーキ屋さんに到着した。少し行っただけなのに、俺はすっかり汗ばんでしまい、店内のクーラーを有難く思った。俺はイートインでと言い、奥の席へと通された。正面に座った千歳ちゃんが言った。
「ここはね、バタークリームのケーキが有名なの。インスタで見て、食べてみたくって」
「そっか。じゃあ、それを注文しよう」
それと一緒に、俺の分のアイスコーヒーと千歳ちゃんのアイスティーを注文した。ケーキセットになってドリンクがお得らしい。店内には、他の客はおらず、俺はパタパタと手で胸元をあおいだ。
「達矢くんはインスタとかやってないの?」
「うん。SNSは面倒でさ。香澄とかはネイル用のアカウント持ってるらしいけど」
「香澄くん、凄いよねぇ。二学期になったら、またネイルやってもらうんだ」
そう言って千歳ちゃんは手を見せてきた。キラキラとしたオレンジ色に彩られていた。
「これは自分でやったんだけど、やっぱり香澄くんにやってもらうのが一番」
「あいつ、器用だもんな。勉強はできないけど」
「そういえば、夏休みは補習だったんだって?」
「ああ。別荘へ行く途中、散々愚痴を聞かされたよ」
「別荘?」
俺は、四人で行った別荘での出来事を話した。安奈と同室にされてしまい、困ったことも。
「えっと……変なこと聞いていい?」
「うん。どうした?」
「その、安奈ちゃんとはもうしたのかなぁって」
一樹にされたのと同じ質問だ。俺はこのために用意しておいたセリフを言った。
「安奈の心の準備ができるまでは、しないって決めてる」
「そっか。そうなんだ」
飲み物とケーキが届いた。ケーキは真っ白で、何の飾りもないシンプルなものだった。金色のフォークで土台を切った。スポンジケーキではなく、ずっしりとした重さのあるものだった。滑らかなバタークリームがそれと調和し、どこか懐かしい味わいのある一品だった。
千歳ちゃんはというと、まずは写真を撮っていた。インスタにでもあげるのだろう。
「ねえ、一緒に写真撮ろうよ」
「いいよ」
俺は身を乗り出し、千歳ちゃんと肩をくっつけた。スマホの画面に二人が収まっているのを確認して、千歳ちゃんはシャッターを押した。
「今送るね」
「うん」
自分のスマホでその写真を確認した。仲の良い兄妹の姿がそこにはあった。俺は、千歳ちゃんになら安奈と付き合っていないということを話してもいいかもしれないと思った。でも、早まってはいけない。まずは安奈の同意を得ておかないと。
「わあっ、美味しいね!」
「なっ、美味しいな。この店、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ケーキを食べ終えた俺は、この後どうするか考えていた。さすがにこれだけで解散というのも味気ない。しかし、この暑さの中、過ごせる場所などあるのだろうか。そんな俺の心を読んだかのように、千歳ちゃんが言った。
「この近くに芝生公園があるんだって。桜の木があって、木陰が涼しいみたい。そこに行こうよ」
「ああ、いいよ」
千歳ちゃんに先導され、俺たちは芝生公園に行った。この暑いのに、何人もの幼児が大きな遊具で遊んでいた。シャボン玉をしている子供も居た。いい昼下がりだ、と思いながら、俺たちは木陰のベンチに腰をおろした。
「はぁ、暑いなぁ」
「そうだね。飲み物買ってこようか?」
「いや、それなら俺が行くよ。千歳ちゃん、何がいい?」
「普通の麦茶かな」
「じゃあ俺もそうする」
俺は近くにあった自販機で二本の麦茶のペットボトルを買い、千歳ちゃんに差し出した。
「ありがとう」
こくこくと麦茶を飲み、フタを閉じた千歳ちゃんは、急に真剣な目付きになった。
「ねえ、達矢くん。確かめておきたいことがあるんだけど」
「ん? なに?」
「達矢くんは、私のことどう思ってるの?」
俺は言葉に詰まった。なぜそんなことを聞くのだろう。意図がわからない。ここは本当のことを言えばいいのだろうか。
「妹みたいで可愛いって思ってるよ」
「そっか。妹かぁ」
ことん、と千歳ちゃんが俺の肩に頭を乗せてきた。俺は微動だにできず、そのまま彼女の話を聞いていた。
「うん。わかってたよ。ワンピースを可愛いって言ってくれたときも、写真を撮ってくれたときも。私のことは、女としては意識していないんだろうなぁって。だから二人きりでも遊びに乗ってくれたんだろうなって」
「千歳ちゃん……」
「私、達矢くんのことが好き。男の子として、大好き。でも、ダメなんだね。きっと、安奈ちゃんの存在がなくても、私は妹としか見られていなかった」
千歳ちゃんが頭を離し、俺に向き直った。
「今日、ここで、この気持ちは閉じ込めるね」
俺は、頷くことしかできなかった。