偽りの恋人~俺と幼馴染は付き合っているフリをしている~
07 アイコン
芹香に名前呼びを許された、というか話の流れでそうなった翌日。朝のホームルームが始まる前に、俺は拓磨と香澄とラインの交換をしていた。
「香澄のアイコン可愛いな。ウサギ?」
「うん! ボクんちで飼ってるの」
「拓磨はこれ、初期設定のままだよな?」
「ああ……なんか、いい画像が浮かばなくてそのまま」
ちなみに俺は、好きなSF映画の主人公の画像だ。すかさず香澄が聞いてきた。
「これ誰?」
「ハリソン・フォード」
「なんで?」
「カッコいいから」
俺の数少ない趣味は映画鑑賞だ。中でもこの映画は特に気に入っていて、繰り返し何度も観ていた。
さて、この流れだ、と俺は思った。芹香ともラインを交換するのだ。昨日と変わらず、文庫本に目を落としている彼女に、俺はそっと話しかけた。
「芹香、ライン交換しない?」
すると、芹香は舌打ちをした。
「なんで」
「なんでって、ほら……同じ図書委員だし?」
「連絡することとかある?」
どうしよう。凄くこわい。こんなにもハッキリと拒絶反応を示されるとは思ってもみなかった。俺は脳をフル回転させ、次の言葉を紡いだ。
「あるかもしれない……じゃない? ほらまあ、急に来れなくなったときとかさ」
芹香は大きなため息をつき、渋々スマホを取り出してくれた。スマホカバーは真っ白だ。何の飾りも無い。安奈の手帳型の花柄のものとは随分違うななどと思いながら、俺たちはラインを交換した。
「あっ、猫だ。飼ってるの?」
「ううん、近所の野良猫」
黒猫がごろんと横たわっているアイコンは、芹香にぴったりだと俺は思った。彼女は俺のアイコンを見て言った。
「……ブレードランナー?」
「そう! よく分かったね?」
「あたし、原作の小説も好きだから。電気羊、達矢は読んだ?」
ああ、芹香が俺のことを達矢と呼んでくれた。しかも、映画のことを知っていたなんて。古い映画だから、同級生でこれを観ている人は今まで一人だって居なかったのだ。しかし、原作を読んでいない俺は、しょげながら答えた。
「いや、原作までは……」
「映画とはけっこう違うところもあって面白いよ。あたしは市民図書館で借りて読んだ」
もし、芹香が原作を持っていたなら、貸してもらおうかなんて思ったのだが。そうはいかなかったみたいだ。
「へえ、そっか。学校の図書室にあるかな?」
「自分で探せば?」
こりゃあ、一緒に探してくれとは言えない雰囲気だな。さすがの俺も、ここまでで引くことにして、席に戻った。すると丁度ホームルームを告げるベルが鳴り、俺は黒板に向き直った。
さて、今日の放課後は、学校の図書室にでも行ってみるか。芹香ともっと近付きたい。共通の話題が欲しい。そのことで俺は頭がいっぱいだった。
「ああ、安奈。今日は図書室寄っていくから、先帰っててよ」
放課後、俺を迎えに来た安奈にそう告げると、彼女はポカンとした顔をした。
「えっ? それならわたしも一緒に行くよ?」
「いや、一人でいいって」
「わたし、図書委員になっておきながら、まだ図書室ちゃんと利用したこと無いの。だからいいじゃない」
そう押しきられてしまった俺は、仕方なく安奈と一緒に図書室に入った。入り口すぐにあるパソコンで、検索ワードに「電気羊」と入れた。正確な題名は長すぎて覚えていなかったのだ。
「出ないねぇ。著者で検索してみれば?」
安奈が言うので、スマホでググって著者名で検索し直したが、ヒットしなかった。
「いっそ、買った方が早いんじゃない? 大きな本屋さん行こうよ」
また、安奈と外出することになってしまった。これが芹香なら、もう少しテンションも上がるというものなのだが。
結局俺たちは、電車に乗って、大きな書店に着いた。ハヤカワ文庫の書棚を一つ一つ確認していく。あった。これだ。
「何だか難しそうな本だね」
「芹香が面白いって言ってたんだ」
「そうなの? 読み終わったらわたしにも貸してよ」
「仕方ないなぁ」
夕飯まではまだ、時間があった。俺たちは、書店に併設されていたカフェで一息つくことにした。
「達矢、早く読んでよね。わたしも芹香ちゃんとこの本の話したい」
「ああ、そうだな。善処する」
「そうだ、芹香ちゃんと同じ中学の子と話したんだけどね。あの子、バスケ部だったんだけど、途中で辞めたんだって」
新たな芹香の情報が手に入った。彼女、背が低いのに、バスケ部だったのか。何だか意外だ。そして、途中で辞めたというのが気になった。彼女はいつも、一人で文庫本を読んでいて、誰かに話しかけようとしているところを見たことがない。それが、部活を辞めたことと何か関係があるのなら。
「わたし、芹香ちゃんと仲良くなりたいな。せっかくの縁だし」
「縁、ねぇ」
一組と二組の図書委員の内、下心無しで委員になったのは芹香だけだ。俺と優太は芹香目当て。安奈は俺目当て。その結果が安奈と芹香の対面だとしたら、確かに縁と言えなくもないか、と俺は思った。
「香澄のアイコン可愛いな。ウサギ?」
「うん! ボクんちで飼ってるの」
「拓磨はこれ、初期設定のままだよな?」
「ああ……なんか、いい画像が浮かばなくてそのまま」
ちなみに俺は、好きなSF映画の主人公の画像だ。すかさず香澄が聞いてきた。
「これ誰?」
「ハリソン・フォード」
「なんで?」
「カッコいいから」
俺の数少ない趣味は映画鑑賞だ。中でもこの映画は特に気に入っていて、繰り返し何度も観ていた。
さて、この流れだ、と俺は思った。芹香ともラインを交換するのだ。昨日と変わらず、文庫本に目を落としている彼女に、俺はそっと話しかけた。
「芹香、ライン交換しない?」
すると、芹香は舌打ちをした。
「なんで」
「なんでって、ほら……同じ図書委員だし?」
「連絡することとかある?」
どうしよう。凄くこわい。こんなにもハッキリと拒絶反応を示されるとは思ってもみなかった。俺は脳をフル回転させ、次の言葉を紡いだ。
「あるかもしれない……じゃない? ほらまあ、急に来れなくなったときとかさ」
芹香は大きなため息をつき、渋々スマホを取り出してくれた。スマホカバーは真っ白だ。何の飾りも無い。安奈の手帳型の花柄のものとは随分違うななどと思いながら、俺たちはラインを交換した。
「あっ、猫だ。飼ってるの?」
「ううん、近所の野良猫」
黒猫がごろんと横たわっているアイコンは、芹香にぴったりだと俺は思った。彼女は俺のアイコンを見て言った。
「……ブレードランナー?」
「そう! よく分かったね?」
「あたし、原作の小説も好きだから。電気羊、達矢は読んだ?」
ああ、芹香が俺のことを達矢と呼んでくれた。しかも、映画のことを知っていたなんて。古い映画だから、同級生でこれを観ている人は今まで一人だって居なかったのだ。しかし、原作を読んでいない俺は、しょげながら答えた。
「いや、原作までは……」
「映画とはけっこう違うところもあって面白いよ。あたしは市民図書館で借りて読んだ」
もし、芹香が原作を持っていたなら、貸してもらおうかなんて思ったのだが。そうはいかなかったみたいだ。
「へえ、そっか。学校の図書室にあるかな?」
「自分で探せば?」
こりゃあ、一緒に探してくれとは言えない雰囲気だな。さすがの俺も、ここまでで引くことにして、席に戻った。すると丁度ホームルームを告げるベルが鳴り、俺は黒板に向き直った。
さて、今日の放課後は、学校の図書室にでも行ってみるか。芹香ともっと近付きたい。共通の話題が欲しい。そのことで俺は頭がいっぱいだった。
「ああ、安奈。今日は図書室寄っていくから、先帰っててよ」
放課後、俺を迎えに来た安奈にそう告げると、彼女はポカンとした顔をした。
「えっ? それならわたしも一緒に行くよ?」
「いや、一人でいいって」
「わたし、図書委員になっておきながら、まだ図書室ちゃんと利用したこと無いの。だからいいじゃない」
そう押しきられてしまった俺は、仕方なく安奈と一緒に図書室に入った。入り口すぐにあるパソコンで、検索ワードに「電気羊」と入れた。正確な題名は長すぎて覚えていなかったのだ。
「出ないねぇ。著者で検索してみれば?」
安奈が言うので、スマホでググって著者名で検索し直したが、ヒットしなかった。
「いっそ、買った方が早いんじゃない? 大きな本屋さん行こうよ」
また、安奈と外出することになってしまった。これが芹香なら、もう少しテンションも上がるというものなのだが。
結局俺たちは、電車に乗って、大きな書店に着いた。ハヤカワ文庫の書棚を一つ一つ確認していく。あった。これだ。
「何だか難しそうな本だね」
「芹香が面白いって言ってたんだ」
「そうなの? 読み終わったらわたしにも貸してよ」
「仕方ないなぁ」
夕飯まではまだ、時間があった。俺たちは、書店に併設されていたカフェで一息つくことにした。
「達矢、早く読んでよね。わたしも芹香ちゃんとこの本の話したい」
「ああ、そうだな。善処する」
「そうだ、芹香ちゃんと同じ中学の子と話したんだけどね。あの子、バスケ部だったんだけど、途中で辞めたんだって」
新たな芹香の情報が手に入った。彼女、背が低いのに、バスケ部だったのか。何だか意外だ。そして、途中で辞めたというのが気になった。彼女はいつも、一人で文庫本を読んでいて、誰かに話しかけようとしているところを見たことがない。それが、部活を辞めたことと何か関係があるのなら。
「わたし、芹香ちゃんと仲良くなりたいな。せっかくの縁だし」
「縁、ねぇ」
一組と二組の図書委員の内、下心無しで委員になったのは芹香だけだ。俺と優太は芹香目当て。安奈は俺目当て。その結果が安奈と芹香の対面だとしたら、確かに縁と言えなくもないか、と俺は思った。