運命は、手に入れられなかったけれど

手に入らなかった運命

運命は、手に入らなかったけれど

 ーー〈竜王の運命〉。
 それは、この国アドルリア王国の王たる、竜王陛下の唯一の妃に選ばれた女性の呼称だった。

 そして私にとっては、もうひとつ、意味を持つ。
 稚拙で笑ってしまうけれど、竜王の運命、それは大事な大事な初恋相手のお嫁様。

 ……だから。
 どうしても、なりたかった。

 なんとしてでも、その座におさまりたかった。
 ーーけれど。

「あぁ、マーガレット」

 竜王陛下が、慈しみの声で呼びかけた名は、私のものではなかった。
「はい、陛下」
 鈴を転がしたような、その声は、可憐だ。

 マーガレット•オリヴィエ公爵令嬢。まもなく……マーガレット•アドルリア妃殿下になられる方だった。

「ここにいたんだな」
「はい。ラファリアの中庭を散策しておりましたの、ねぇ、ラファリア?」

 マーガレット様は、微笑を浮かべて、隣の私に視線を向ける。
「……はい」
 私は小さく頷いた。
「ラファリア、君にはとても感謝している。……マーガレットは、この通りお転婆だから、君のような淑やかな友人がいることはとても喜ばしい」
「もうっ、レガレス陛下ったら!」

 怒ったように頬を膨らませているマーガレット様は、とても愛らしかった。当然、レガレス竜王陛下もそう思ったようで、愛のこもった瞳でマーガレット様を見つめている。

「マーガレット」

 レガレス陛下の細くて長い指が、マーガレット様の頬を撫でた。
「レガレス陛下……」

 途端に、桃色の空気が辺りを流れ始める。

 ーーあぁ。
 どうして、あなたが、見つめるのは私ではないんだろう。

 友人と愛しい人の逢瀬を純粋な気持ちで、微笑ましく受け流せられない自分が醜くて嫌だ。

 私の好きな二人が、幸せにしている。

 これ以上、幸せなことはないはずなのに。

 この甘い空気の中、完全に邪魔者である私にできることは、そっと気配を消し、その場を立ち去ることだけだ。

 私は、花たちにまたあとでね、と小さく手を振ってその場を後にした。

◇◇◇

 自室に入って息をつく。
「……どうして」
 どうして、あなたが選んだのは、私じゃなかったの。

 私の方が、ずっと、ずっと好きなのに。

 私の方が、先に出会ったのに。

 私の方が……。

「……やめなさい」

 自分の中に浮かんだ想いを首を振って追い出す。

 私は選ばれなかった。ただ、それだけ。

 マーガレット様は、子供のように純真だ。
 あの、純真さが、きっと、私に足りないのだろう。

 マーガレット様。私の友人で、私と同じ花奏師で、そして、竜王の運命にもうすぐなるひと。


「……はぁ」

 大きく息を吐き出す。

「城を、出るしかないかしら……」

 マーガレット様のことも、レガレス陛下のことも。どっちも好きだ。けれど、だからこそ、辛い。
 この国に恵みをもたらす、聖花の守り手である、花奏師もマーガレット様ひとりいれば十分だろう。
「……そうね、それがいいわ」

 思いつきだったけれど、悪くない考えのような気がする。

 あの二人と離れないと、私は、私のことが嫌いになってしまう。

 これは確信だった。

 そうと決めれば、早速行動ね。
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