私がもう一人いる!
成町マリナ
私の名前は成町マリナ。都立回文中学校に通う二年生だ。趣味はファッションで、最近は古着屋での買い物がマイブーム。三カ月前には恋人もできて、楽しい毎日を送っていたのだけど……。
「マリナ。変なこと聞くけど、一昨日の午後に静岡のアウトレットモールにいなかった?」
私の周りで起きた最初の異変は、週末に家族で静岡に遊びに行っていた親友の寧音から飛び出した、そんな目撃証言からだった。
「何の話? 一昨日は牧人とデートでずっと地元にいたよ」
私は証拠に、恋人の時松牧人とデート中に撮影した写真を何枚かスマホに表示した。撮影日は一昨日の土曜日で、何度も写真を取っていたので、時間も午前十時ぐらいから午後六時までと範囲が広い。土曜日の午後に静岡で目撃されるのは距離的に難しいし、そもそも心当たりがない。
「アリバイ確認に、ラブラブを見せつけてくれちゃって~。だったら、やっぱりあれはただのそっくりさんか。私が静岡に遊びに行くのはマリナも知ってたし、会ったら絶対に声をかけてくれるものね」
「そう思いながも確認してきたってことは、よっぽどそっくりだったんだね」
寧々とは小学生のころから友達だ。お互いの顔を、家族の次に見慣れていると思う。そんな寧々が私に聞くまで判断できなかったのだから、静岡のそっくりさんは本当に私によく似ていたみたいだ。
「顔が似ているだけだったら、私だってそこまで驚かないよ。だけど身長やスタイルも同じぐらいだし、髪もブラウン系のハーフアップでそっくりだった。一番驚いたのはそっくりさんの着てた服。前に二人で出かけた時、マリナは古着屋でレトロな花柄のブラウスを買ったでしょう。まったく同じ柄のブラウスを着てたの。ここまで同じだと、いるわけないと分かっていても、マリナだと思っちゃうでしょう」
「凄い偶然。そんなこともあるんだね」
顔やスタイル、髪形までなら偶然似ることもあるかもしれないけど、服装が同じだったのは確かにビックリだ。有名なブランドや、全国展開しているお店の商品なら、他の人と被ることもあるかもしれないけど、古着屋で購入した服はめったに被らない。そこまで一致するのはすごい偶然だ。
似ていたのは本当だろうけど、それは寧音の感覚なので、実際には服の細かいデザインとかが違っているかもしれない。見た目が似ているのなら、似合う服も似ているはず。同じような服を着ていても不思議じゃないのかも。
「世界には自分そっくりな人間が三人いるなんて言うけど、あれは間違いなくマリナにとってのそれだね。いわゆるドッペルゲンガーってやつ」
「怖いこと言わないでよ。ドッペルゲンガーって不吉な存在なんでしょう」
友達が見間違える程のそっくりさんと聞いて、確かに私も真っ先に想像したのはドッペルゲンガーだった。自分と同じ姿の人間が、同じ時間に違う場所で目撃されるという怪奇現象で、自分のドッペルゲンガーに会うと良くないことが起きるとネットで見たことがある。アメリカ大統領のリンカーンや、日本の小説家の芥川龍之介がドッペルゲンガーを目撃したという話もあるとか。
「出会ったのは私だし大丈夫でしょ。そもそもドッペルゲンガーなんてないない。正体はただのそっくりさん」
「分かってるよ。ちょっと想像しちゃっただけ」
私だって本気で怖がってるわけじゃない。そこまでそっくりな人間が存在するのなら、むしろ一度会ってみたいくらいだ。
「ホ、ホームルームを始めますよ。せ、席についてください」
担任の樹林寺人力先生が教室にやってきたので、私たちは話題を切り上げて自分の席へと戻っていった。
※※※
寧音による私のそっくりさんの目撃情報から二週間が経ったころ。
そのこともすっかり忘れていた私の周辺では、新たな変化が起き始めていた。
『投稿を始めるなら早く言ってよね。早速フォローしといたから』
始まりはまたしても親友の寧音で、寝る前にそんなメッセージが届いた。何のことか分からずに検索をかけてみると、確かに「ナリマチマリナ」という名前のSNSアカウントが存在していた。
「成りすまし……なわけはないよね。同じ名前の別人ってこと?」
有名人ではない、ただの女子中学生の私に成りすましが発生するとも思えなかったし、同じ名前の別人と考えた方がしっくりくる。表記もカタカナだし、漢字表記にするともしかしたら、『鳴待』とか『真里菜』とか、また印象は変わってくるかもしれない。
「それで『ナリマチマリナ】さん。あなたはどんな人なの?」
最初はトラブルの気配を感じて緊張したけど、同じ名前の人だと思うと、怖さよりも興味の方が強くなる。何個か投稿があるみたいだから、「ナリマチマリナ」の投稿をチェックしてみることにした。最初は私じゃない「ナリマチマリナ」さんがどんな人なのかワクワクして見ていたけど、投稿の内容は徐々に不気味なものになっていく。
「……何よこれ」
ある日の「ナリマチマリナ」の投稿は、親友と買い物に出かけた時に、古着屋で購入したというレトロな花柄のブラウスの写真だった。見間違えるはずがない。これは寧音と一緒に行った古着屋で私が購入したのとまったく同じ商品だ。今だって壁のハンガーに引っかけてある。
別の日には、古着のブラウスを中心にしたコーディネートを服だけ撮影して投稿。濃紺のデニムスカートやレースアップサンダルに、アクセサリーのチョイスまで、私の持っている服やファッションセンスとまったく同じ。これは私の、成町マリナのコーディネートだ。
「……まさかこの日って」
二週間前の投稿を見て驚いた。投稿内容は静岡のアウトレットモールを訪れたというもので、顔は見えないけど『ナリマチマリナ』は古着の花柄のブラウスを着ていた。
写真に添えられた文章は、『友達を見かけた気がしたんだけど、声をかける前に見失っちゃった。残念』。
私はすぐに、二週間前の寧音が話してくれた目撃情報を思い出した。寧音が静岡のアウトレットモールで目撃したのはこのアカウントの持ち主である【ナリマチマリナ】なんじゃない? だったら【ナリマチマリナ】は私と名前や服装のセンスが同じというだけじゃなく、親友の寧音が見間違えるほどに姿が似ているということになる。そっくりさんどころじゃない。これじゃあ本当にドッペルゲンガーだ。
「何が起きているの……」
ドッペルゲンガーなんてありえない。だけどどこかの誰かが、服だけではなく、見た目までも私に似せて何をしようとしているのか。それも意味が分からない。だからこそ怖い。夏も近いのに、私の体は恐怖に寒さを感じていた。
「新しい投稿?」
数分前に【ナリマチマリナ】の投稿が更新されていた。これ以上彼女について知ることが怖い。見たら駄目だと心が拒絶する。それでもまるで魔法にかけられたみたいに、私は投稿を確認せずはいられなかった。
『東京進出。マリナの人生はさらに面白くなるんだから!』
「……うそ。今東京にいるの?」
明るい時間に撮影したと思われる、東京駅の写真が投稿されている。都内に住む私にとって、それは心霊写真よりも怖い写真だった。どんなに人口が多くても、お互いに都内にいれば、偶然出会ってしまう可能性がある。もしも自分そっくりな顔の【ナリマチマリナ】を見かけてしまったら、私はどうなってしまうのだろう? 自分のドッペルゲンガーと出会ったら死んでしまう。そんな都市伝説を思い出してしまった。
「こんなことで怖がるなんて時間の無駄。さっさと寝ちゃおう」
言葉では強がっても、表情を上手く作れない。ありえないと、笑い飛ばすことは出来なかった。
「マリナ。変なこと聞くけど、一昨日の午後に静岡のアウトレットモールにいなかった?」
私の周りで起きた最初の異変は、週末に家族で静岡に遊びに行っていた親友の寧音から飛び出した、そんな目撃証言からだった。
「何の話? 一昨日は牧人とデートでずっと地元にいたよ」
私は証拠に、恋人の時松牧人とデート中に撮影した写真を何枚かスマホに表示した。撮影日は一昨日の土曜日で、何度も写真を取っていたので、時間も午前十時ぐらいから午後六時までと範囲が広い。土曜日の午後に静岡で目撃されるのは距離的に難しいし、そもそも心当たりがない。
「アリバイ確認に、ラブラブを見せつけてくれちゃって~。だったら、やっぱりあれはただのそっくりさんか。私が静岡に遊びに行くのはマリナも知ってたし、会ったら絶対に声をかけてくれるものね」
「そう思いながも確認してきたってことは、よっぽどそっくりだったんだね」
寧々とは小学生のころから友達だ。お互いの顔を、家族の次に見慣れていると思う。そんな寧々が私に聞くまで判断できなかったのだから、静岡のそっくりさんは本当に私によく似ていたみたいだ。
「顔が似ているだけだったら、私だってそこまで驚かないよ。だけど身長やスタイルも同じぐらいだし、髪もブラウン系のハーフアップでそっくりだった。一番驚いたのはそっくりさんの着てた服。前に二人で出かけた時、マリナは古着屋でレトロな花柄のブラウスを買ったでしょう。まったく同じ柄のブラウスを着てたの。ここまで同じだと、いるわけないと分かっていても、マリナだと思っちゃうでしょう」
「凄い偶然。そんなこともあるんだね」
顔やスタイル、髪形までなら偶然似ることもあるかもしれないけど、服装が同じだったのは確かにビックリだ。有名なブランドや、全国展開しているお店の商品なら、他の人と被ることもあるかもしれないけど、古着屋で購入した服はめったに被らない。そこまで一致するのはすごい偶然だ。
似ていたのは本当だろうけど、それは寧音の感覚なので、実際には服の細かいデザインとかが違っているかもしれない。見た目が似ているのなら、似合う服も似ているはず。同じような服を着ていても不思議じゃないのかも。
「世界には自分そっくりな人間が三人いるなんて言うけど、あれは間違いなくマリナにとってのそれだね。いわゆるドッペルゲンガーってやつ」
「怖いこと言わないでよ。ドッペルゲンガーって不吉な存在なんでしょう」
友達が見間違える程のそっくりさんと聞いて、確かに私も真っ先に想像したのはドッペルゲンガーだった。自分と同じ姿の人間が、同じ時間に違う場所で目撃されるという怪奇現象で、自分のドッペルゲンガーに会うと良くないことが起きるとネットで見たことがある。アメリカ大統領のリンカーンや、日本の小説家の芥川龍之介がドッペルゲンガーを目撃したという話もあるとか。
「出会ったのは私だし大丈夫でしょ。そもそもドッペルゲンガーなんてないない。正体はただのそっくりさん」
「分かってるよ。ちょっと想像しちゃっただけ」
私だって本気で怖がってるわけじゃない。そこまでそっくりな人間が存在するのなら、むしろ一度会ってみたいくらいだ。
「ホ、ホームルームを始めますよ。せ、席についてください」
担任の樹林寺人力先生が教室にやってきたので、私たちは話題を切り上げて自分の席へと戻っていった。
※※※
寧音による私のそっくりさんの目撃情報から二週間が経ったころ。
そのこともすっかり忘れていた私の周辺では、新たな変化が起き始めていた。
『投稿を始めるなら早く言ってよね。早速フォローしといたから』
始まりはまたしても親友の寧音で、寝る前にそんなメッセージが届いた。何のことか分からずに検索をかけてみると、確かに「ナリマチマリナ」という名前のSNSアカウントが存在していた。
「成りすまし……なわけはないよね。同じ名前の別人ってこと?」
有名人ではない、ただの女子中学生の私に成りすましが発生するとも思えなかったし、同じ名前の別人と考えた方がしっくりくる。表記もカタカナだし、漢字表記にするともしかしたら、『鳴待』とか『真里菜』とか、また印象は変わってくるかもしれない。
「それで『ナリマチマリナ】さん。あなたはどんな人なの?」
最初はトラブルの気配を感じて緊張したけど、同じ名前の人だと思うと、怖さよりも興味の方が強くなる。何個か投稿があるみたいだから、「ナリマチマリナ」の投稿をチェックしてみることにした。最初は私じゃない「ナリマチマリナ」さんがどんな人なのかワクワクして見ていたけど、投稿の内容は徐々に不気味なものになっていく。
「……何よこれ」
ある日の「ナリマチマリナ」の投稿は、親友と買い物に出かけた時に、古着屋で購入したというレトロな花柄のブラウスの写真だった。見間違えるはずがない。これは寧音と一緒に行った古着屋で私が購入したのとまったく同じ商品だ。今だって壁のハンガーに引っかけてある。
別の日には、古着のブラウスを中心にしたコーディネートを服だけ撮影して投稿。濃紺のデニムスカートやレースアップサンダルに、アクセサリーのチョイスまで、私の持っている服やファッションセンスとまったく同じ。これは私の、成町マリナのコーディネートだ。
「……まさかこの日って」
二週間前の投稿を見て驚いた。投稿内容は静岡のアウトレットモールを訪れたというもので、顔は見えないけど『ナリマチマリナ』は古着の花柄のブラウスを着ていた。
写真に添えられた文章は、『友達を見かけた気がしたんだけど、声をかける前に見失っちゃった。残念』。
私はすぐに、二週間前の寧音が話してくれた目撃情報を思い出した。寧音が静岡のアウトレットモールで目撃したのはこのアカウントの持ち主である【ナリマチマリナ】なんじゃない? だったら【ナリマチマリナ】は私と名前や服装のセンスが同じというだけじゃなく、親友の寧音が見間違えるほどに姿が似ているということになる。そっくりさんどころじゃない。これじゃあ本当にドッペルゲンガーだ。
「何が起きているの……」
ドッペルゲンガーなんてありえない。だけどどこかの誰かが、服だけではなく、見た目までも私に似せて何をしようとしているのか。それも意味が分からない。だからこそ怖い。夏も近いのに、私の体は恐怖に寒さを感じていた。
「新しい投稿?」
数分前に【ナリマチマリナ】の投稿が更新されていた。これ以上彼女について知ることが怖い。見たら駄目だと心が拒絶する。それでもまるで魔法にかけられたみたいに、私は投稿を確認せずはいられなかった。
『東京進出。マリナの人生はさらに面白くなるんだから!』
「……うそ。今東京にいるの?」
明るい時間に撮影したと思われる、東京駅の写真が投稿されている。都内に住む私にとって、それは心霊写真よりも怖い写真だった。どんなに人口が多くても、お互いに都内にいれば、偶然出会ってしまう可能性がある。もしも自分そっくりな顔の【ナリマチマリナ】を見かけてしまったら、私はどうなってしまうのだろう? 自分のドッペルゲンガーと出会ったら死んでしまう。そんな都市伝説を思い出してしまった。
「こんなことで怖がるなんて時間の無駄。さっさと寝ちゃおう」
言葉では強がっても、表情を上手く作れない。ありえないと、笑い飛ばすことは出来なかった。
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