私がもう一人いる!
「初めての仙台か」
私のどこにこんな行動力が眠っていたのだろう。週末の日曜日には、私は一人で宮城県の仙台駅へと到着していた。東京駅から仙台駅までは、新幹線で片道二時間ぐらい。朝から行動すれば、東京に日帰りすることも難しくはない。往復の新幹線の料金は決して安くはなかったけど、貯めていたおおこづかいやお年玉を使ってでも、私は行動せずにはいられなかった。双子の姉妹の彩香は来月にはアメリカに渡ってしまう。会うチャンスは今しかない。行動に迷いはなかった。
仙台に来たことは、もちろんお母さんには伝えていない。お母さんは今日は用事で家にいないので、私もお母さんが出かけた後に家を出た。帰りも、お母さんが帰宅するよりも先に家に帰るつもりだ。
「着いちゃった……」
スマホのナビを頼りにバスと徒歩で移動し、街中から少し離れた住宅街に到着した。その中の一軒に、目的のお家はあった。表札にも「茅崎」と書かれている。この家で間違いない。あまりにもあっさりと着いてしまったから、まだ心の準備は足りない。だけど、ここまで来て引き返すわけにもいかない。私は覚悟を決めて、お家のインターホンを鳴らした。
「はーい。どちら様ですか?」
ドタドタと玄関の方へと走ってくる音が聞こえて、鍵の開く音がした。ドアがこちら向きへと開いてく様子は私の目には、スローモーションのように映った。今はたった一秒の時間さえも長く感じる。
ドアが完全に開き切った瞬間、一人の少女と目があう。彼女が誰なのか分かっていても、まるで玄関に巨大な鏡でも設置してあるではと錯覚してしまう程に、私たちの姿はそっくりだった。
「はじめまして、彩香だよね?」
「……あなたはまさか、文香?」
「そう。文香だよ!」
名前を呼んでもらえたことが嬉しくて、一気にテンションが上がった。彩香は私のことを知ってくれていたんだ。双子の姉妹であるという実感が強くなり、緊張よりも嬉しさがこみ上げてきた。
だけど対照的に彩香の表情は困っていて、周囲の視線を気にするようにキョロキョロしている。確かにいきなり訪ねてこられたビックリしちゃうと思うけど、もう少し喜んでくれてもいいのに。
「とにかく入って……」
「う、うん」
私の腕を掴んで家の中に引き寄せると、彩香はすぐに家の鍵をかけた。何だか強引で余裕がないように見えるけど、一体どうしたのだろう?
「どうしてあなたがここに?」
室内には上がらせず、彩香は玄関で私に質問してきた。
「この前、茅崎早矢佳という名前で母に手紙が届いて。その住所を元にここまで。あれって私たちのお父さんだよね?」
「……だから手紙なんて出すべきじゃないって言ったのに」
彩香は拳を握り、口調も明らかにいらだっていた。あの手紙、彩香は反対だったのかな? もしかしたら、私には会いたくなかったのかも……。
「お母さんも手紙を見たの?」
「ううん。お母さんがいない時に手紙が届いて、私が勝手に見ただけ。そのままお母さんには見せてない」
「だと思った。お母さんならきっと、中身も見ないで破り捨ててるもの」
そういえば、お父さんも手紙に、読まれずに捨てられても文句は言わないと書いていた。二人の間に何があったのかは分からないけど、一度は離婚しているのだし、良い関係ではないのかもしれない。
「お父さんとお母さん。そんなに仲が悪いの?」
「そういう問題じゃないない。私たちのために、お互いに納得して関係を経ったはずなのに……お母さんは正しい。間違っているのはお父さんの方」
「私たちのため? どうして私たち姉妹のために、二人が離婚を?」
当時の私たちは物心もついておらず、私に至っては双子の姉妹がいることすらも知らなかった。それにも関わらず、夫婦間の問題ではなく、私たち姉妹が離婚の理由になるなんてことがありえるのかな?
「……私たちは双子の姉妹じゃない。私たちは一緒にいちゃいけないの……だってクローンは……」
「な、何の話?」
彩香の言っていることの意味がまるで分からない。そんな私の混乱が伝わったのか、彩香はハッとした様子で頭を抱えた。
「文香は、お母さんから何も聞かされていないのね。お母さんは強くて、それで優しい人だ」
「どういう意味?」
「悪いけど、これ以上話せることは何もない。早くお家に帰って。お父さんにもあなたが来たことは教えない。今日の出来事は私とあなただけの秘密よ」
無理やり話の流れを切ると、彩香は玄関の鍵を開けた。
「双子の姉妹がようやく再会出来たんだよ? 彩香は嬉しくないの?」
「私たちは一緒にいてはいけない。一緒にいるところを見られてはいけないの。それがお互いのためだから」
強い口調でそう言うと、彩香は強引に私を家の外へと押し出した。
「ま、待ってよ、彩香! 意味が分からないよ」
「知らない方が幸せなこともある。これでお別れよ、文香」
私と目を合わせないまま、彩香は玄関の扉と鍵を閉めた。
「……幸せでいてね。もう一人の私」
その呟きを最後に、彩香の気配は扉の向こうから消えた。
「どうしてなの? 彩香……」
この扉は私に対して二度と開かれることはないのだろうと、感情で理解出来た。私たちはやはり双子なんだ。せっかく会えたのに。話したいことが色々あったのに。私たち姉妹の再会はたったの数分で終わってしまった。
「お母さん?」
私を意識を現実に引き戻したのは、お母さんからの着信だった。
「もしもし、お母さん?」
『今日は買い物に行ってるのよね。帰りは遅くなるの?」
「遅くはならないよ。晩ご飯は一緒に食べれると思う」
彩香を訪ねて仙台までやってきたことをお母さんには言えないし、このまま彩香のお家の前で居すわるわけにもいかない。私は諦めて、このまま東京へと帰ることにした。
※※※
「知らないままでなんていられないよ」
何かあったとお母さんに気づかれないように、今日はご飯を食べたらすぐにお風呂に入って、自分の部屋へと戻った。ベッドに横になって、昼間の出来事を思い返す。
彩香は「知らない方が幸せなこともある」と言っていたけど、その言葉の意味も含めて、どうして彩香があのような態度をとったのか、その理由を知りたい。家に戻ってからも、私の頭の中は彩香のことでいっぱいだった。それに、彩香が思わず口にした「クロー
ン」という言葉。直後の慌てようを見るに、あの言葉が鍵である気がしてならない。
クローンのことは、授業で習ったことがあるし、漫画やアニメのネタとして登場することも多い。遺伝子操作によって生み出された、まったく同じ遺伝子を持つ存在。クローンとその元となった遺伝子の持ち主は、まったく同じ姿をしていることになる。
『……幸せでいてね。もう一人の私』
別れた時の、彩香の最後の言葉。双子の姉妹は確かに「もう一人の私」と呼べる存在かもしれないけど、もしも違う意味でそう言っていたとしたら……。
「茅崎早矢佳。私と彩香のお父さん」
お父さんがどんな人なのかを知りたくて、スマホでその名前を検索してみる。茅崎早矢佳は芸能人ではないし、SNSもやっていなかったけど、ある分野では有名な人らしくて、検索するとすぐに何者なのかが分かった。どうやらお父さんは、遺伝子研究で有名な科学者らしい。そういえば手紙にも、アメリカの研究機関への所属が決まったと書いてたっけ。
お父さんの職業も、私の中の嫌な予感を加速させていく。遺伝子の研究ということは当然、クローンにも詳しいということになる。お父さんならもしかしたら……。
彩香は、私たちは普通の姉妹ではないとも言っていた。だとすれば。
「……私と彩香。どちらかはクローン?」
そんなことはあり得ない。私たちはきっと、事情があって離れ離れになった普通の双子の姉妹だ。そう信じたいけど……彩香の発した「もう一人の私」という言葉が耳から離れなかった。
「寝よう……」
複雑な気持ちにふたをするように、私は頭から毛布を被った。
私のどこにこんな行動力が眠っていたのだろう。週末の日曜日には、私は一人で宮城県の仙台駅へと到着していた。東京駅から仙台駅までは、新幹線で片道二時間ぐらい。朝から行動すれば、東京に日帰りすることも難しくはない。往復の新幹線の料金は決して安くはなかったけど、貯めていたおおこづかいやお年玉を使ってでも、私は行動せずにはいられなかった。双子の姉妹の彩香は来月にはアメリカに渡ってしまう。会うチャンスは今しかない。行動に迷いはなかった。
仙台に来たことは、もちろんお母さんには伝えていない。お母さんは今日は用事で家にいないので、私もお母さんが出かけた後に家を出た。帰りも、お母さんが帰宅するよりも先に家に帰るつもりだ。
「着いちゃった……」
スマホのナビを頼りにバスと徒歩で移動し、街中から少し離れた住宅街に到着した。その中の一軒に、目的のお家はあった。表札にも「茅崎」と書かれている。この家で間違いない。あまりにもあっさりと着いてしまったから、まだ心の準備は足りない。だけど、ここまで来て引き返すわけにもいかない。私は覚悟を決めて、お家のインターホンを鳴らした。
「はーい。どちら様ですか?」
ドタドタと玄関の方へと走ってくる音が聞こえて、鍵の開く音がした。ドアがこちら向きへと開いてく様子は私の目には、スローモーションのように映った。今はたった一秒の時間さえも長く感じる。
ドアが完全に開き切った瞬間、一人の少女と目があう。彼女が誰なのか分かっていても、まるで玄関に巨大な鏡でも設置してあるではと錯覚してしまう程に、私たちの姿はそっくりだった。
「はじめまして、彩香だよね?」
「……あなたはまさか、文香?」
「そう。文香だよ!」
名前を呼んでもらえたことが嬉しくて、一気にテンションが上がった。彩香は私のことを知ってくれていたんだ。双子の姉妹であるという実感が強くなり、緊張よりも嬉しさがこみ上げてきた。
だけど対照的に彩香の表情は困っていて、周囲の視線を気にするようにキョロキョロしている。確かにいきなり訪ねてこられたビックリしちゃうと思うけど、もう少し喜んでくれてもいいのに。
「とにかく入って……」
「う、うん」
私の腕を掴んで家の中に引き寄せると、彩香はすぐに家の鍵をかけた。何だか強引で余裕がないように見えるけど、一体どうしたのだろう?
「どうしてあなたがここに?」
室内には上がらせず、彩香は玄関で私に質問してきた。
「この前、茅崎早矢佳という名前で母に手紙が届いて。その住所を元にここまで。あれって私たちのお父さんだよね?」
「……だから手紙なんて出すべきじゃないって言ったのに」
彩香は拳を握り、口調も明らかにいらだっていた。あの手紙、彩香は反対だったのかな? もしかしたら、私には会いたくなかったのかも……。
「お母さんも手紙を見たの?」
「ううん。お母さんがいない時に手紙が届いて、私が勝手に見ただけ。そのままお母さんには見せてない」
「だと思った。お母さんならきっと、中身も見ないで破り捨ててるもの」
そういえば、お父さんも手紙に、読まれずに捨てられても文句は言わないと書いていた。二人の間に何があったのかは分からないけど、一度は離婚しているのだし、良い関係ではないのかもしれない。
「お父さんとお母さん。そんなに仲が悪いの?」
「そういう問題じゃないない。私たちのために、お互いに納得して関係を経ったはずなのに……お母さんは正しい。間違っているのはお父さんの方」
「私たちのため? どうして私たち姉妹のために、二人が離婚を?」
当時の私たちは物心もついておらず、私に至っては双子の姉妹がいることすらも知らなかった。それにも関わらず、夫婦間の問題ではなく、私たち姉妹が離婚の理由になるなんてことがありえるのかな?
「……私たちは双子の姉妹じゃない。私たちは一緒にいちゃいけないの……だってクローンは……」
「な、何の話?」
彩香の言っていることの意味がまるで分からない。そんな私の混乱が伝わったのか、彩香はハッとした様子で頭を抱えた。
「文香は、お母さんから何も聞かされていないのね。お母さんは強くて、それで優しい人だ」
「どういう意味?」
「悪いけど、これ以上話せることは何もない。早くお家に帰って。お父さんにもあなたが来たことは教えない。今日の出来事は私とあなただけの秘密よ」
無理やり話の流れを切ると、彩香は玄関の鍵を開けた。
「双子の姉妹がようやく再会出来たんだよ? 彩香は嬉しくないの?」
「私たちは一緒にいてはいけない。一緒にいるところを見られてはいけないの。それがお互いのためだから」
強い口調でそう言うと、彩香は強引に私を家の外へと押し出した。
「ま、待ってよ、彩香! 意味が分からないよ」
「知らない方が幸せなこともある。これでお別れよ、文香」
私と目を合わせないまま、彩香は玄関の扉と鍵を閉めた。
「……幸せでいてね。もう一人の私」
その呟きを最後に、彩香の気配は扉の向こうから消えた。
「どうしてなの? 彩香……」
この扉は私に対して二度と開かれることはないのだろうと、感情で理解出来た。私たちはやはり双子なんだ。せっかく会えたのに。話したいことが色々あったのに。私たち姉妹の再会はたったの数分で終わってしまった。
「お母さん?」
私を意識を現実に引き戻したのは、お母さんからの着信だった。
「もしもし、お母さん?」
『今日は買い物に行ってるのよね。帰りは遅くなるの?」
「遅くはならないよ。晩ご飯は一緒に食べれると思う」
彩香を訪ねて仙台までやってきたことをお母さんには言えないし、このまま彩香のお家の前で居すわるわけにもいかない。私は諦めて、このまま東京へと帰ることにした。
※※※
「知らないままでなんていられないよ」
何かあったとお母さんに気づかれないように、今日はご飯を食べたらすぐにお風呂に入って、自分の部屋へと戻った。ベッドに横になって、昼間の出来事を思い返す。
彩香は「知らない方が幸せなこともある」と言っていたけど、その言葉の意味も含めて、どうして彩香があのような態度をとったのか、その理由を知りたい。家に戻ってからも、私の頭の中は彩香のことでいっぱいだった。それに、彩香が思わず口にした「クロー
ン」という言葉。直後の慌てようを見るに、あの言葉が鍵である気がしてならない。
クローンのことは、授業で習ったことがあるし、漫画やアニメのネタとして登場することも多い。遺伝子操作によって生み出された、まったく同じ遺伝子を持つ存在。クローンとその元となった遺伝子の持ち主は、まったく同じ姿をしていることになる。
『……幸せでいてね。もう一人の私』
別れた時の、彩香の最後の言葉。双子の姉妹は確かに「もう一人の私」と呼べる存在かもしれないけど、もしも違う意味でそう言っていたとしたら……。
「茅崎早矢佳。私と彩香のお父さん」
お父さんがどんな人なのかを知りたくて、スマホでその名前を検索してみる。茅崎早矢佳は芸能人ではないし、SNSもやっていなかったけど、ある分野では有名な人らしくて、検索するとすぐに何者なのかが分かった。どうやらお父さんは、遺伝子研究で有名な科学者らしい。そういえば手紙にも、アメリカの研究機関への所属が決まったと書いてたっけ。
お父さんの職業も、私の中の嫌な予感を加速させていく。遺伝子の研究ということは当然、クローンにも詳しいということになる。お父さんならもしかしたら……。
彩香は、私たちは普通の姉妹ではないとも言っていた。だとすれば。
「……私と彩香。どちらかはクローン?」
そんなことはあり得ない。私たちはきっと、事情があって離れ離れになった普通の双子の姉妹だ。そう信じたいけど……彩香の発した「もう一人の私」という言葉が耳から離れなかった。
「寝よう……」
複雑な気持ちにふたをするように、私は頭から毛布を被った。