私がもう一人いる!
教室で先生と別れた後、私は急いで家へと帰った。
私にはもう一つ、確かめなくてはいけないことがある。お母さんが私に決して見せようとはしない廊下の奥の和室の秘密だ。
私と彩香のどちらがクローンなのかは分からないけど、お母さんはその秘密を守るために、私に対して決して写真に写らないように言い聞かせた。だとすれば同じく私に禁じた和室にも何か、それと関係した秘密があるような気がする。
彩香と樹林寺先生、二人から「知らない方が幸せなこともある」と言われているのに、さらに深く知ろうとする私の行動は愚かなのかもしれない。だけど、一度知ってしまった以上、中途半端にしておくことは出来なかった。例えそれが、どんなに残酷な真実だったとしても。
「……ごめんね。お母さん」
お母さんは仕事に行っていて、まだあと一時間は帰らないはずだ。やるなら今しかない。私は覚悟を決めて、廊下の奥の和室の扉を開いた。
初めて入ったけど、埃っぽさはまるで感じられない。お母さんが丁寧に掃除をして、管理が行き届いている証拠だ。和室の角には、亡くなったおじいちゃんの遺影が飾られた仏壇が置かれていた。ロウソクがわずかに燃え残っている。今朝もお母さんが線香をお供えしたみたいだ。
「……何となく、そんな予感はしてたんだよね」
私はお仏壇を見て、全てを理解した。お仏壇に飾られている遺影はおじいちゃんのものだけではなかった。もう一枚、小さな写真立てに入れられた幼い女の子が置かれている。その姿は、小さい頃の私とそっくりだった。だとすれば、彩香ともそっくりなはずだ。仏壇に写真が飾られているということは、この女の子はもう亡くなっているということになる。
「文香」
写真には「文香」という名前が記されていた。私と同じ名前だ。だけど私は今こうして生きている。だとすれば亡くなったのは……。
「オリジナルの私……」
それ以外には考えられなかった。私は幼い頃に亡くなった神藤文香のクローンだ。
「私たちは双子の姉妹じゃない。彩香の言葉の意味が、ようやく分かったよ……私たちは二人とも」
私と彩香。どちらかがオリジナルで、どちらかがクローンなのだと思っていた。だけどそれは違った。オリジナルが亡くなった文香だとすれば、私と彩香の二人とも、オリジナルの文香のクローンということになる。
写真の中のオリジナルの文香が亡くなった時、お父さんとお母さんの間でどんなやり取りがあったのかは分からないけど、二人はきっと深い悲しみに襲われたはずだ。
娘をうしなった悲しみに耐えきれなくて、遺伝子の研究者だったお父さんの技術で、クローンである私たちを生み出した。どうして私と彩香、クローンが二人だったのかは分からない。もしかしたらクローンが二人誕生したことは偶然だったのかもしれない。
先生が言っていたみたいに、クローン人間の存在が世間に知られたら大変なことになる。オリジナルの文香に双子の姉妹はいない。同じ顔をしたクローンが一緒にいることは危険だと判断したお父さんとお母さんは離婚をして、お父さんが彩香を、お母さんが私を育てることになった。それが二人の選択。
これは全て私の想像に過ぎない。読書家である私の想像力が暴走しているのかもしれない。お母さんに、あるいは施設のおばあちゃんに聞けば、全ては明らかになるけど……。
「ただいま」
お母さんが帰ってくる音が聞こえた。私は和室から廊下に出た。お母さんに真実を確かめるには今しかない。
「お帰りお母さん」
「廊下に出てきてどうしたの?」
「たまたまトイレから出たところで」
……お母さんの笑顔を見ていたら、私は質問することができなかった。私がクローンだと知られないために、ずっと守り続けてくれたお母さん。そのことを思うと、私はクローンなんだよねと、切り出すことは出来そうになかった。
「お腹空いたでしょう。ご飯にしましょう」
「うん。食べる前にスマホ、部屋の充電器に繋いでくるね」
そう言って私は一度、自分の部屋へと戻った。
「……今なら彩香の気持ちが分かるよ。私を思ってくれてありがとう。彩香」
どういうきっかけだったのかは分からないけど、彩香は私よりも早く、自分や私がクローンであることを知り、その秘密を守り続けてきた。その上で私は知る必要はないと、優しく突き放してくれた。何も知らなければ私は、自分がクローンだと知ることなく生きていけるから。
「これからは私もこの秘密を一緒に背負っていくよ。もう一人の私」
気持ちの整理をつけるまでは、まだ時間がかかりそうだけど、自分が何者なのかを知ることが出来て良かったと思う。これで彩香の抱えていた秘密の重さを一緒に背負ってあげることが出来る。私は孤独なんかじゃない。この世界のどこかに、もう一人の私がいるということを知っている。
「文香。ご飯の準備が出来たわよ」
「今行くよ」
今すぐお母さんに全てを聞くことは出来ないけど、いずれこの秘密と向き合う時は来ると思う。その時までに、私はもっと大人にならなくてはいけない。お母さんを守ってあげられるぐらい強くならないと。
※※※
『彩香へ。あなたがアメリカへと発つ前に、この手紙を送ります。これがいけないことだというのは分かっているから、読まれる前に手紙を捨てられても文句は言いません。私と彩香の秘密について、仏壇の写真を見て全てを理解しました。お母さんにはまだこのことは伝えていません。今まで彩香だけに秘密を背負わせてしまってごめんなさい。だけど、これからも私も一緒にこの秘密を背負っていきます。だから彩香も、少しだけ心を楽にしてください。知らない方が幸せなこともある。確かにその通りかもしれないけど、私は彩香のことを理解出来て嬉しかったよ。私たちは双子の姉妹ではないかもしれないけど、それ以上の絆があると信じているから。お互いのためにもう会おうとは思わないし、これを最後に連絡もとりません。だけどどうか、これだけは伝えさせて。彩香が私の幸せを願ってくれたように、私も彩香の幸せを願っています』
「行ってらっしゃい。彩香」
私は学校に登校する前に、彩香に宛てた手紙を郵便ポストに投函した。
これが最後だけど、私たちは確かにこの世界に存在している。それだけで十分だ。
アメリカでも幸せにね。もう一人の私。
私にはもう一つ、確かめなくてはいけないことがある。お母さんが私に決して見せようとはしない廊下の奥の和室の秘密だ。
私と彩香のどちらがクローンなのかは分からないけど、お母さんはその秘密を守るために、私に対して決して写真に写らないように言い聞かせた。だとすれば同じく私に禁じた和室にも何か、それと関係した秘密があるような気がする。
彩香と樹林寺先生、二人から「知らない方が幸せなこともある」と言われているのに、さらに深く知ろうとする私の行動は愚かなのかもしれない。だけど、一度知ってしまった以上、中途半端にしておくことは出来なかった。例えそれが、どんなに残酷な真実だったとしても。
「……ごめんね。お母さん」
お母さんは仕事に行っていて、まだあと一時間は帰らないはずだ。やるなら今しかない。私は覚悟を決めて、廊下の奥の和室の扉を開いた。
初めて入ったけど、埃っぽさはまるで感じられない。お母さんが丁寧に掃除をして、管理が行き届いている証拠だ。和室の角には、亡くなったおじいちゃんの遺影が飾られた仏壇が置かれていた。ロウソクがわずかに燃え残っている。今朝もお母さんが線香をお供えしたみたいだ。
「……何となく、そんな予感はしてたんだよね」
私はお仏壇を見て、全てを理解した。お仏壇に飾られている遺影はおじいちゃんのものだけではなかった。もう一枚、小さな写真立てに入れられた幼い女の子が置かれている。その姿は、小さい頃の私とそっくりだった。だとすれば、彩香ともそっくりなはずだ。仏壇に写真が飾られているということは、この女の子はもう亡くなっているということになる。
「文香」
写真には「文香」という名前が記されていた。私と同じ名前だ。だけど私は今こうして生きている。だとすれば亡くなったのは……。
「オリジナルの私……」
それ以外には考えられなかった。私は幼い頃に亡くなった神藤文香のクローンだ。
「私たちは双子の姉妹じゃない。彩香の言葉の意味が、ようやく分かったよ……私たちは二人とも」
私と彩香。どちらかがオリジナルで、どちらかがクローンなのだと思っていた。だけどそれは違った。オリジナルが亡くなった文香だとすれば、私と彩香の二人とも、オリジナルの文香のクローンということになる。
写真の中のオリジナルの文香が亡くなった時、お父さんとお母さんの間でどんなやり取りがあったのかは分からないけど、二人はきっと深い悲しみに襲われたはずだ。
娘をうしなった悲しみに耐えきれなくて、遺伝子の研究者だったお父さんの技術で、クローンである私たちを生み出した。どうして私と彩香、クローンが二人だったのかは分からない。もしかしたらクローンが二人誕生したことは偶然だったのかもしれない。
先生が言っていたみたいに、クローン人間の存在が世間に知られたら大変なことになる。オリジナルの文香に双子の姉妹はいない。同じ顔をしたクローンが一緒にいることは危険だと判断したお父さんとお母さんは離婚をして、お父さんが彩香を、お母さんが私を育てることになった。それが二人の選択。
これは全て私の想像に過ぎない。読書家である私の想像力が暴走しているのかもしれない。お母さんに、あるいは施設のおばあちゃんに聞けば、全ては明らかになるけど……。
「ただいま」
お母さんが帰ってくる音が聞こえた。私は和室から廊下に出た。お母さんに真実を確かめるには今しかない。
「お帰りお母さん」
「廊下に出てきてどうしたの?」
「たまたまトイレから出たところで」
……お母さんの笑顔を見ていたら、私は質問することができなかった。私がクローンだと知られないために、ずっと守り続けてくれたお母さん。そのことを思うと、私はクローンなんだよねと、切り出すことは出来そうになかった。
「お腹空いたでしょう。ご飯にしましょう」
「うん。食べる前にスマホ、部屋の充電器に繋いでくるね」
そう言って私は一度、自分の部屋へと戻った。
「……今なら彩香の気持ちが分かるよ。私を思ってくれてありがとう。彩香」
どういうきっかけだったのかは分からないけど、彩香は私よりも早く、自分や私がクローンであることを知り、その秘密を守り続けてきた。その上で私は知る必要はないと、優しく突き放してくれた。何も知らなければ私は、自分がクローンだと知ることなく生きていけるから。
「これからは私もこの秘密を一緒に背負っていくよ。もう一人の私」
気持ちの整理をつけるまでは、まだ時間がかかりそうだけど、自分が何者なのかを知ることが出来て良かったと思う。これで彩香の抱えていた秘密の重さを一緒に背負ってあげることが出来る。私は孤独なんかじゃない。この世界のどこかに、もう一人の私がいるということを知っている。
「文香。ご飯の準備が出来たわよ」
「今行くよ」
今すぐお母さんに全てを聞くことは出来ないけど、いずれこの秘密と向き合う時は来ると思う。その時までに、私はもっと大人にならなくてはいけない。お母さんを守ってあげられるぐらい強くならないと。
※※※
『彩香へ。あなたがアメリカへと発つ前に、この手紙を送ります。これがいけないことだというのは分かっているから、読まれる前に手紙を捨てられても文句は言いません。私と彩香の秘密について、仏壇の写真を見て全てを理解しました。お母さんにはまだこのことは伝えていません。今まで彩香だけに秘密を背負わせてしまってごめんなさい。だけど、これからも私も一緒にこの秘密を背負っていきます。だから彩香も、少しだけ心を楽にしてください。知らない方が幸せなこともある。確かにその通りかもしれないけど、私は彩香のことを理解出来て嬉しかったよ。私たちは双子の姉妹ではないかもしれないけど、それ以上の絆があると信じているから。お互いのためにもう会おうとは思わないし、これを最後に連絡もとりません。だけどどうか、これだけは伝えさせて。彩香が私の幸せを願ってくれたように、私も彩香の幸せを願っています』
「行ってらっしゃい。彩香」
私は学校に登校する前に、彩香に宛てた手紙を郵便ポストに投函した。
これが最後だけど、私たちは確かにこの世界に存在している。それだけで十分だ。
アメリカでも幸せにね。もう一人の私。