私がもう一人いる!
矢的麻耶
私の名前は矢的麻耶。都立回文中学校に通う二年生だ。自分で言うのもなんだけど、どこにでもいる普通の女子中学生であることが私の最大の特徴だと思っている。そんな普通な私だからこそ、クラスで起きた細かい変化にも敏感だ。自由時間でもある昼休みは特にその変化を感じやすい。
「マリナ。ちょっといい?」
「どうしたの。牧人」
三年の時松先輩に呼ばれて、成町マリナちゃんが廊下へと出ていく。
マリナちゃんは少し前に、そっくりさんの目撃情報が相次ぎ、そのころは元気が無かったけど、最近は前みたいな明るさを取り戻している。三年の時松先輩とは相変わらずラブラブだ。正直、羨ましいです……ごめんなさい。ちょっとだけ個人的な感情が。
「なっちゃん。昼休みが三時間ぐらいあればいいのにね」
「長すぎてもう何休みよそれは。あと突然のなっちゃん呼びはびっくりするから止めて」
今もそうだけど、江本朋絵ちゃんはある日を境に、突然短時間だけキャラが変わっていることがある。元々の朋絵ちゃんはお笑いで例えるとツッコミキャラで、友達の夏奈ちゃんの面白い発言にすかさず切れ味するどいツッコミを入れている印象だったけど、キャラが変わっている時の朋絵ちゃんはどちらかというと、積極的にふざけていて、そこに夏奈ちゃんがツッコミを入れるという、逆転現象が起きている。
「文香ちゃん。週末なんだけど、もしよかったら何人かで遊びに行かない?」
「予定を確認しておくね。後でまたお返事する」
私の友達の琴子が、神藤文香ちゃんを誘うと、文香ちゃんは前向きに返答した。一番最近起こった変化は文香ちゃんのことだ。文香ちゃんとは私も仲良くしているけど、文香ちゃんは一人の時間を好むタイプで、これまでは放課後や週末に友達と遊んだりすることはなかった。だけど最近、どこか吹っ切れた様子で、以前よりも笑顔が増えたような気がする。心境の変化があったみたいで、最近はこうやって友達との外出にも参加してくれるようになった。「写真が苦手なの」と言って、写真に写りたがらないところはあるけれど、私たちは文香ちゃんと一緒に過ごせるだけで楽しいし、文香ちゃんが苦手だというのなら、写真を撮ろうとも思わない。
クラスの変化といえば、担任の樹林寺人力先生のことも忘れてはいけない。先生本人はこれまで通り、たんたんと教師としての仕事をしているような印象だけど、マリナちゃんや朋絵ちゃん、最近では文香ちゃんも、先生に対して気さくに話しかけている場面が増えた。失礼ながら樹林寺先生は、どちらかという話しかけにくい雰囲気の先生だったけど、三人は先生を信頼しているようだ。もしかして三人に起きた変化には、樹林寺先生も関係してたりするのだろうか?
「麻耶。ボーっとしてどうしたの?」
「別に。今日も平和だなーって」
文香ちゃんとのやり取りを終えた琴子が私の席へとやってきた。
「週末のお出かけ、琴子ちゃんも予定確認してくれるって。麻耶も来るよね?」
「うん。もちろん」
クラス内では色々な変化が起きているけど、事件のような大きな変化は起きていない。友達と週末の約束をするぐらいには、今日も世界は平和そのものだ。ましてや普通を自称する私に、何か不思議な出来事なんて起きるはずもない。
そう思っていたけど……私はこの日の夜に不思議な体験をすることになる。
※※※
この日は家に帰ったのが午後六時ぐらい。家族と一緒に晩ご飯を食べて、テレビを見て、その後お風呂に入って、二階の自分の部屋に上がったのが九時三十分ぐらい。そこから宿題と明日の学校の用意を終わらせて、十時ぐらいからはベッドに横になりながら、スマホでSNSや動画を見始めた。疲れていたのかな? 推しの配信のアーカイブを見ている途中でだんだんと眠くなってきて、はっきりと覚えているのはそこまで。電気も消さないまま、たぶん十一時前には寝落ちしたんだと思う。
そして私は、夜中に目を覚ました。寝落ちして中途半端な時間に目を覚ます。ここまでならよくある話だと思うけど、問題なのはここからだ。
目を覚ました瞬間、私は高い位置から私の体を見下ろしていた。
何を言っているか分からないよね。安心して、私にもまだよく分かっていない。
「体が透けてる?」
自分の両手を確認すると、手がうっすらと透けていて、手の向こう側が見える。向こう側にいるのはスマホを握ったまま眠っている私の姿だ。どうして自分を見下ろしているのだと足元を確認すると、今の私はベッドより少し高い位置で、宙に浮いているようだ。
「もしかしてこれって、幽体離脱ってやつ?」
オカルトに詳しいわけではないけど、そんな私でも幽体離脱ぐらいは知っている。体から魂だけが抜けてしまっている状態のことだ。たぶん今の私は幽霊状態で、自分の体を見下ろしているということになるのだろう。
「どうしてこんなことに?」
疑問を感じるぐらいには、今の私は冷静だった。恐怖やあせりはあまり感じていない。魂が体を離れてはいるけれど、私の体はしっかりと呼吸していて命の危険は感じられない。自分の体のことだから、魂の状態でも感覚で理解出来ているのだと思う。不思議ではあるけれど、今の状況はそこまで危険じゃない。
「すごい! 自由に動ける!」
危険じゃないと分かると、自然と好奇心が強くなる。浮遊状態の私は重力を感じずに、部屋の中の自由に飛び回れた。これまでにないぐらい体が軽い! 魂だけの状態なのだから、そもそも重さなんて存在していないかもしれないけれど。
「壁も関係ない。何だか超能力者みたい」
魂だけの状態の私は壁に触れてもぶつからず、そのまますり抜けることが出来るみたいだ。ベッドの足側の壁を勢いよく抜けると、そのまま二階の廊下へと出た。扉を通る必要なんてない。
だけど、いくら壁をすり抜けられるからといって、見慣れた自分の家では新しい発見があるわけでもない。試しに家中の壁を一通り抜けてみたら、私は再び二階の自分の部屋へと戻った。私の体はあいかわらず、すやすやと穏やかな顔で眠っている。
「どうやったら戻れるんだろう?」
体は元気そうだけど、流石にずっと魂が体から離れたままなのは不安だ。そろそろ体に戻りたいけど、やり方が分からない。
「こういう時はやっぱり!」
説明書なんて存在しないから、自分なりの方法を試すしかない。魂が体に戻るにはやっぱり、体の中に入るが一番だと思う。私は眠る私の体に背を向けて、体と魂が重なるように、背中からゆっくりと倒れた。魂と体が完全に重なった一瞬、意識が飛んだ。
「……元に戻れたってことでいいのかな?」
ゆっくりと目を開けると、点けっぱなしだった電気の明かりが眩しかった。眩しさと同時に頭や背中には、枕やベッドに触れている感覚が確かに存在している。どうやら私の魂は無事に体へと戻れたようだ。いや、そもそもあれは本当に幽体離脱だったのかな? もしかしたらすごくリアルな夢だったのかもしれない。
「……とりあえず寝よう」
時間はまだ夜中の三時だ。寝不足で朝をむかえたくはないし、電気を消して寝直すことにした。幽体離脱のことを考えていてすぐには寝れなかったけど、それでも少ししたら眠ることが出来た。
寝ている間の出来事だからはっきりとは言えないけど、今度は幽体離脱も、夢も見ずに朝まで眠っていたと思う。あれが本物の幽体離脱にしても、ただのリアルな夢だったとしても、たった一度の偶然だと思う。きっともう経験することはないだろう。
「マリナ。ちょっといい?」
「どうしたの。牧人」
三年の時松先輩に呼ばれて、成町マリナちゃんが廊下へと出ていく。
マリナちゃんは少し前に、そっくりさんの目撃情報が相次ぎ、そのころは元気が無かったけど、最近は前みたいな明るさを取り戻している。三年の時松先輩とは相変わらずラブラブだ。正直、羨ましいです……ごめんなさい。ちょっとだけ個人的な感情が。
「なっちゃん。昼休みが三時間ぐらいあればいいのにね」
「長すぎてもう何休みよそれは。あと突然のなっちゃん呼びはびっくりするから止めて」
今もそうだけど、江本朋絵ちゃんはある日を境に、突然短時間だけキャラが変わっていることがある。元々の朋絵ちゃんはお笑いで例えるとツッコミキャラで、友達の夏奈ちゃんの面白い発言にすかさず切れ味するどいツッコミを入れている印象だったけど、キャラが変わっている時の朋絵ちゃんはどちらかというと、積極的にふざけていて、そこに夏奈ちゃんがツッコミを入れるという、逆転現象が起きている。
「文香ちゃん。週末なんだけど、もしよかったら何人かで遊びに行かない?」
「予定を確認しておくね。後でまたお返事する」
私の友達の琴子が、神藤文香ちゃんを誘うと、文香ちゃんは前向きに返答した。一番最近起こった変化は文香ちゃんのことだ。文香ちゃんとは私も仲良くしているけど、文香ちゃんは一人の時間を好むタイプで、これまでは放課後や週末に友達と遊んだりすることはなかった。だけど最近、どこか吹っ切れた様子で、以前よりも笑顔が増えたような気がする。心境の変化があったみたいで、最近はこうやって友達との外出にも参加してくれるようになった。「写真が苦手なの」と言って、写真に写りたがらないところはあるけれど、私たちは文香ちゃんと一緒に過ごせるだけで楽しいし、文香ちゃんが苦手だというのなら、写真を撮ろうとも思わない。
クラスの変化といえば、担任の樹林寺人力先生のことも忘れてはいけない。先生本人はこれまで通り、たんたんと教師としての仕事をしているような印象だけど、マリナちゃんや朋絵ちゃん、最近では文香ちゃんも、先生に対して気さくに話しかけている場面が増えた。失礼ながら樹林寺先生は、どちらかという話しかけにくい雰囲気の先生だったけど、三人は先生を信頼しているようだ。もしかして三人に起きた変化には、樹林寺先生も関係してたりするのだろうか?
「麻耶。ボーっとしてどうしたの?」
「別に。今日も平和だなーって」
文香ちゃんとのやり取りを終えた琴子が私の席へとやってきた。
「週末のお出かけ、琴子ちゃんも予定確認してくれるって。麻耶も来るよね?」
「うん。もちろん」
クラス内では色々な変化が起きているけど、事件のような大きな変化は起きていない。友達と週末の約束をするぐらいには、今日も世界は平和そのものだ。ましてや普通を自称する私に、何か不思議な出来事なんて起きるはずもない。
そう思っていたけど……私はこの日の夜に不思議な体験をすることになる。
※※※
この日は家に帰ったのが午後六時ぐらい。家族と一緒に晩ご飯を食べて、テレビを見て、その後お風呂に入って、二階の自分の部屋に上がったのが九時三十分ぐらい。そこから宿題と明日の学校の用意を終わらせて、十時ぐらいからはベッドに横になりながら、スマホでSNSや動画を見始めた。疲れていたのかな? 推しの配信のアーカイブを見ている途中でだんだんと眠くなってきて、はっきりと覚えているのはそこまで。電気も消さないまま、たぶん十一時前には寝落ちしたんだと思う。
そして私は、夜中に目を覚ました。寝落ちして中途半端な時間に目を覚ます。ここまでならよくある話だと思うけど、問題なのはここからだ。
目を覚ました瞬間、私は高い位置から私の体を見下ろしていた。
何を言っているか分からないよね。安心して、私にもまだよく分かっていない。
「体が透けてる?」
自分の両手を確認すると、手がうっすらと透けていて、手の向こう側が見える。向こう側にいるのはスマホを握ったまま眠っている私の姿だ。どうして自分を見下ろしているのだと足元を確認すると、今の私はベッドより少し高い位置で、宙に浮いているようだ。
「もしかしてこれって、幽体離脱ってやつ?」
オカルトに詳しいわけではないけど、そんな私でも幽体離脱ぐらいは知っている。体から魂だけが抜けてしまっている状態のことだ。たぶん今の私は幽霊状態で、自分の体を見下ろしているということになるのだろう。
「どうしてこんなことに?」
疑問を感じるぐらいには、今の私は冷静だった。恐怖やあせりはあまり感じていない。魂が体を離れてはいるけれど、私の体はしっかりと呼吸していて命の危険は感じられない。自分の体のことだから、魂の状態でも感覚で理解出来ているのだと思う。不思議ではあるけれど、今の状況はそこまで危険じゃない。
「すごい! 自由に動ける!」
危険じゃないと分かると、自然と好奇心が強くなる。浮遊状態の私は重力を感じずに、部屋の中の自由に飛び回れた。これまでにないぐらい体が軽い! 魂だけの状態なのだから、そもそも重さなんて存在していないかもしれないけれど。
「壁も関係ない。何だか超能力者みたい」
魂だけの状態の私は壁に触れてもぶつからず、そのまますり抜けることが出来るみたいだ。ベッドの足側の壁を勢いよく抜けると、そのまま二階の廊下へと出た。扉を通る必要なんてない。
だけど、いくら壁をすり抜けられるからといって、見慣れた自分の家では新しい発見があるわけでもない。試しに家中の壁を一通り抜けてみたら、私は再び二階の自分の部屋へと戻った。私の体はあいかわらず、すやすやと穏やかな顔で眠っている。
「どうやったら戻れるんだろう?」
体は元気そうだけど、流石にずっと魂が体から離れたままなのは不安だ。そろそろ体に戻りたいけど、やり方が分からない。
「こういう時はやっぱり!」
説明書なんて存在しないから、自分なりの方法を試すしかない。魂が体に戻るにはやっぱり、体の中に入るが一番だと思う。私は眠る私の体に背を向けて、体と魂が重なるように、背中からゆっくりと倒れた。魂と体が完全に重なった一瞬、意識が飛んだ。
「……元に戻れたってことでいいのかな?」
ゆっくりと目を開けると、点けっぱなしだった電気の明かりが眩しかった。眩しさと同時に頭や背中には、枕やベッドに触れている感覚が確かに存在している。どうやら私の魂は無事に体へと戻れたようだ。いや、そもそもあれは本当に幽体離脱だったのかな? もしかしたらすごくリアルな夢だったのかもしれない。
「……とりあえず寝よう」
時間はまだ夜中の三時だ。寝不足で朝をむかえたくはないし、電気を消して寝直すことにした。幽体離脱のことを考えていてすぐには寝れなかったけど、それでも少ししたら眠ることが出来た。
寝ている間の出来事だからはっきりとは言えないけど、今度は幽体離脱も、夢も見ずに朝まで眠っていたと思う。あれが本物の幽体離脱にしても、ただのリアルな夢だったとしても、たった一度の偶然だと思う。きっともう経験することはないだろう。