私がもう一人いる!
翌日。私の体を乗っ取った幽霊は、なにくわぬ顔で両親と一緒に朝食を食べていた。
呼びにくいので、これからは偽の麻耶と呼ぶことにしよう。
「麻耶。何だか雰囲気が変わった?」
「別にいつも通りだよ」
流石はお母さん。娘の様子がいつもと違うことに気づいてくれた。そのことはとても嬉しかったけど、まさか娘の中身が別人と入れ替わっているとまでは気づけるはずもなく、考えすぎかと、お母さんもそれ以上は何も言わなかった。私は目の前にいるけど、幽霊状態なのでお母さんやお父さんに何も伝えることが出来ない。こういう時、幽霊状態はあまりにも不便だ。
「……ちょっと、どうして着いてくるの?」
「あんたが私の体で変なことをしないよう、見張っておかないと」
偽の麻耶は普通に通学するようなので、私もすぐ後ろをピッタリとついていくことにした。もしも霊感がある人が私たちを見かけたら、今の私は完全に背後霊だと思う。いや、本物は私の方だけどね!
「おはよう! 琴子」
「おはよう麻耶。今日は元気いっぱいだね」
「ははっ、今日は早起きだったから、何だか気分が良くて」
偽の麻耶が教室に到着するなり、近くの席の琴子に元気よく挨拶をした。私は普段ギリギリまで寝ているせいか、朝はあまりテンションは高くない。そういう意味では私らしくないのだけど、琴子はあまり気にしてないようだ。確かに一日ぐらいいつもとテンションが違っても、その日の気分ぐらいに思うよね。
「おはよう。二人とも」
「おはよう! 高田っち」
「た、高田っち?」
少し遅れて到着した高田さんが、偽の麻耶に困惑している。それはそうだ。だって「高田っち」なんて呼んだことは一度もないもの。
「ごめんごめん。早起きしたら何だか変なテンションになってて」
「そ、そうなんだ」
偽の麻耶がそう言ったら、高田さんは苦笑しながらも納得したようだ。
「……本当に矢的さん?」
文香ちゃんは読書する手を止めて、偽の麻耶に疑問を持っている。
もしかして文香ちゃんなら、同じ教室にいる私の存在に気づいてくれるかも。そう思って、文香ちゃんの目の前で手を振っておおげさにアピールをしてみるけど。
「まあ、そういうテンションの日もあるか」
残念ながら文香ちゃんにも私の姿は見えていないようで、私のアピールは無駄に終わった。文香ちゃんもそれ以上は追及せず、読書の世界へと戻ってしまった。
「ホームルームを始めますよ。みなさん、席についてください」
ホームルームの時間になり、樹林寺先生がやってきたので、雑談していた生徒たちもみんな、自分の席へと戻っていく。私も偽の麻耶の後ろに、背後霊状態で待機した。
――あれ? 先生がこっちを見てるような。
先生が私の方を見て一瞬、驚いた表情を浮かべた。いつも冷静な先生がこんな表情をするのは珍しい。
――もしかして、私のことが見えてるの?
思えば夜も、コンビニ帰りの先生は私の方を見ていたような気がする。もしかしたら先生なら私の力になってくれるかもしれない。
今日は五時間目に理科室で実験があるので、理科の担当である樹林寺先生は昼休みに理科室で準備をするはず。ゆっくりお話をするなら昼休みがチャンスだ。
※※※
「おや、矢的さん。やはり来ましたか」
「そのセリフ。先生にはやっぱり私が見えているんだね」
昼休みに入り、理科室に向かうと、私が扉をすり抜けた瞬間から樹林寺先生は私の姿をしっかりと目で追っていた。やっぱり先生は幽霊が見える人らしい。偽の麻耶は教室で友達とおしゃべりするのに夢中で、私がいなくなったことはあまり気にしていないようだ。
「昨日は驚きましたよ。コンビニ帰りに空を飛ぶ矢的さんを見かけたのですから。霊体だからって、学生が深夜に出歩いてはいけませんよ」
「最初に言うのがそれ? こんなことになっちゃったし、反省はしてるけど……」
深夜の外出を注意するのは先生としては当然だし、実際それが原因で私は今大変な目にあっている。だけど今はそれよりも大事な話がたくさんあるはずだ。
「先生には幽霊が見えるんだね」
「正確には幽霊も見えるです。私の目はあらゆる特殊な異変を捉えることが出来ますので」
「どういうこと?」
「実際にあった例を挙げると、とる生徒の周辺にドッペルゲンガーが出現し、どちらが本物なのかを正しく見極めたり。とある生徒の鏡に映った姿が、別の自我を持っていることにもすぐに気づきました。おっと、プライバシーの問題もあるので、あまり詮索はしないように」
もしかしてそれは、最近何だか様子が変わったマリナちゃんや朋絵ちゃんのことだろうか。先生は話題に出さなかったけど、たぶん文香ちゃんも。もちろん先生の言うようにこれ以上詮索するつもりはないけ。不思議な体験で困ることの大変さを、私も現在進行形で感じているし。
「先生には昔からその能力が?」
「物心ついたころには、すでにこの能力を持っていましたね。全員ではありませんが、うちの家系では時々、この能力を持って生まれてくる者がいるそうです」
「先生ってすごい家系の生まれなの?」
「いえ。ごくごく普通のサラリーマン家庭でしたよ。異変が見えるだけで、直接それを解決したり出来るわけではありませんし」
異変が見えるということは、場合によっては見たくないものまで見えることもあるのかも。だから先生は普段、見過ぎないように、あまり周りに興味無さそうにしているのかもしれない。先生もけっこう大変なのかも。
「少々話し過ぎました。それよりも今は矢的さんのことです。本物の矢的さんの魂はここにいて、今矢的さんの体には別人の魂が入っていますね?」
「すごい。そこまで分かるんだ。どこの誰だか知らないけど、私の幽体離脱中に体を乗っ取って、体を返してくれないの」
「今、矢的さんの体に入っているのは、水方和美さん。十四歳の中学生です」
「ど、どうして名前や年齢まで? それも先生の能力の一つ?」
先生は異変を見る能力と言っていたけど、それだけでは偽の麻耶の名前や年齢まで言い当てることは出来ないはずだ。
「私の目に見えたのは、矢的さんの体に入っている別人の魂の姿だけです。偶然にもそれが知っている人物だったもので」
「水方和美さんだっけ。何者なの?」
「私は去年まで別の中学校に勤務していました。その時に担任していたクラスの生徒です。あんなことがあって……回文中学校に赴任してからも、水方さんのことは気になっていました」
「あんなこと? もしかして、水方さんが幽霊になっていることと何か関係が?」
樹林寺先生は過去を振り返るように、静かに目を伏せた。
「……水方さんは事故に遭ったんです」
呼びにくいので、これからは偽の麻耶と呼ぶことにしよう。
「麻耶。何だか雰囲気が変わった?」
「別にいつも通りだよ」
流石はお母さん。娘の様子がいつもと違うことに気づいてくれた。そのことはとても嬉しかったけど、まさか娘の中身が別人と入れ替わっているとまでは気づけるはずもなく、考えすぎかと、お母さんもそれ以上は何も言わなかった。私は目の前にいるけど、幽霊状態なのでお母さんやお父さんに何も伝えることが出来ない。こういう時、幽霊状態はあまりにも不便だ。
「……ちょっと、どうして着いてくるの?」
「あんたが私の体で変なことをしないよう、見張っておかないと」
偽の麻耶は普通に通学するようなので、私もすぐ後ろをピッタリとついていくことにした。もしも霊感がある人が私たちを見かけたら、今の私は完全に背後霊だと思う。いや、本物は私の方だけどね!
「おはよう! 琴子」
「おはよう麻耶。今日は元気いっぱいだね」
「ははっ、今日は早起きだったから、何だか気分が良くて」
偽の麻耶が教室に到着するなり、近くの席の琴子に元気よく挨拶をした。私は普段ギリギリまで寝ているせいか、朝はあまりテンションは高くない。そういう意味では私らしくないのだけど、琴子はあまり気にしてないようだ。確かに一日ぐらいいつもとテンションが違っても、その日の気分ぐらいに思うよね。
「おはよう。二人とも」
「おはよう! 高田っち」
「た、高田っち?」
少し遅れて到着した高田さんが、偽の麻耶に困惑している。それはそうだ。だって「高田っち」なんて呼んだことは一度もないもの。
「ごめんごめん。早起きしたら何だか変なテンションになってて」
「そ、そうなんだ」
偽の麻耶がそう言ったら、高田さんは苦笑しながらも納得したようだ。
「……本当に矢的さん?」
文香ちゃんは読書する手を止めて、偽の麻耶に疑問を持っている。
もしかして文香ちゃんなら、同じ教室にいる私の存在に気づいてくれるかも。そう思って、文香ちゃんの目の前で手を振っておおげさにアピールをしてみるけど。
「まあ、そういうテンションの日もあるか」
残念ながら文香ちゃんにも私の姿は見えていないようで、私のアピールは無駄に終わった。文香ちゃんもそれ以上は追及せず、読書の世界へと戻ってしまった。
「ホームルームを始めますよ。みなさん、席についてください」
ホームルームの時間になり、樹林寺先生がやってきたので、雑談していた生徒たちもみんな、自分の席へと戻っていく。私も偽の麻耶の後ろに、背後霊状態で待機した。
――あれ? 先生がこっちを見てるような。
先生が私の方を見て一瞬、驚いた表情を浮かべた。いつも冷静な先生がこんな表情をするのは珍しい。
――もしかして、私のことが見えてるの?
思えば夜も、コンビニ帰りの先生は私の方を見ていたような気がする。もしかしたら先生なら私の力になってくれるかもしれない。
今日は五時間目に理科室で実験があるので、理科の担当である樹林寺先生は昼休みに理科室で準備をするはず。ゆっくりお話をするなら昼休みがチャンスだ。
※※※
「おや、矢的さん。やはり来ましたか」
「そのセリフ。先生にはやっぱり私が見えているんだね」
昼休みに入り、理科室に向かうと、私が扉をすり抜けた瞬間から樹林寺先生は私の姿をしっかりと目で追っていた。やっぱり先生は幽霊が見える人らしい。偽の麻耶は教室で友達とおしゃべりするのに夢中で、私がいなくなったことはあまり気にしていないようだ。
「昨日は驚きましたよ。コンビニ帰りに空を飛ぶ矢的さんを見かけたのですから。霊体だからって、学生が深夜に出歩いてはいけませんよ」
「最初に言うのがそれ? こんなことになっちゃったし、反省はしてるけど……」
深夜の外出を注意するのは先生としては当然だし、実際それが原因で私は今大変な目にあっている。だけど今はそれよりも大事な話がたくさんあるはずだ。
「先生には幽霊が見えるんだね」
「正確には幽霊も見えるです。私の目はあらゆる特殊な異変を捉えることが出来ますので」
「どういうこと?」
「実際にあった例を挙げると、とる生徒の周辺にドッペルゲンガーが出現し、どちらが本物なのかを正しく見極めたり。とある生徒の鏡に映った姿が、別の自我を持っていることにもすぐに気づきました。おっと、プライバシーの問題もあるので、あまり詮索はしないように」
もしかしてそれは、最近何だか様子が変わったマリナちゃんや朋絵ちゃんのことだろうか。先生は話題に出さなかったけど、たぶん文香ちゃんも。もちろん先生の言うようにこれ以上詮索するつもりはないけ。不思議な体験で困ることの大変さを、私も現在進行形で感じているし。
「先生には昔からその能力が?」
「物心ついたころには、すでにこの能力を持っていましたね。全員ではありませんが、うちの家系では時々、この能力を持って生まれてくる者がいるそうです」
「先生ってすごい家系の生まれなの?」
「いえ。ごくごく普通のサラリーマン家庭でしたよ。異変が見えるだけで、直接それを解決したり出来るわけではありませんし」
異変が見えるということは、場合によっては見たくないものまで見えることもあるのかも。だから先生は普段、見過ぎないように、あまり周りに興味無さそうにしているのかもしれない。先生もけっこう大変なのかも。
「少々話し過ぎました。それよりも今は矢的さんのことです。本物の矢的さんの魂はここにいて、今矢的さんの体には別人の魂が入っていますね?」
「すごい。そこまで分かるんだ。どこの誰だか知らないけど、私の幽体離脱中に体を乗っ取って、体を返してくれないの」
「今、矢的さんの体に入っているのは、水方和美さん。十四歳の中学生です」
「ど、どうして名前や年齢まで? それも先生の能力の一つ?」
先生は異変を見る能力と言っていたけど、それだけでは偽の麻耶の名前や年齢まで言い当てることは出来ないはずだ。
「私の目に見えたのは、矢的さんの体に入っている別人の魂の姿だけです。偶然にもそれが知っている人物だったもので」
「水方和美さんだっけ。何者なの?」
「私は去年まで別の中学校に勤務していました。その時に担任していたクラスの生徒です。あんなことがあって……回文中学校に赴任してからも、水方さんのことは気になっていました」
「あんなこと? もしかして、水方さんが幽霊になっていることと何か関係が?」
樹林寺先生は過去を振り返るように、静かに目を伏せた。
「……水方さんは事故に遭ったんです」