私がもう一人いる!
「糸井先輩って覚えてる? 今は高校の仲間と一緒にバンドやってるらしくてさ。今度一緒に見に行ってみない」
「……うん」
週末の日曜日。私は恋人の時松牧人とファミレスでデートをしていた。牧人は同じ中学校に通う先輩で、お互いに所属している生徒会を通して仲良くなった。今日で付き合ってからちょうど三ヵ月だ。
「マリナ。もしかして具合悪い? 何だかボーっとしてるけど」
ごめんね。具合は悪くないけど、「ナリマチマリナ」のことばっかり考えていて、今日はあまりデートに集中できてなかった。気を悪くせず、私の体を心配してくれる牧人は優しいな。
「心配させてごめん。最近ちょっと変なことがあって」
「俺で良ければ話を聞くよ。一緒にいて楽しいだけじゃなくて、困っている時に力になるのも彼氏の役目だ」
「……実はね――」
牧人はいつだって私の心に寄り添ってくれる優しい恋人だ。不安を一人で抱え込むのには疲れた。私は思い切って牧人に、自分そっくりな「ナリマチマリナ」について相談することにした。SNSの投稿も見せながら説明したことで、牧人は驚きながらも、最後まで真面目に私の話を聞いてくれた。
「確かに不気味だけど、全ては偶然か誰かの成りすましで説明がつく。もしも遭遇することがあっても、相手はただの人間だよ。もしこの『ナリマチマリナ』らしき人を目撃したらすぐに俺に連絡して。俺が絶対にマリナを守るから」
「ありがとう牧人。こんな時になんだけど、凄くキュンとした」
恋人の口から全ては説明のつく出来事だと言ってもらえたことで、気持ちが楽になった。絶対に守るという、普段ならなかなか聞くことの出来ない言葉を聞けたこともすごく嬉しい。「ナリマチマリナ」のことは不気味だけど、今回の出来事が、私と牧人の絆を深めてくれたような気がする。
「私と偽物を見間違えたら嫌だからね」
心にゆとりが生まれたことで、少しだけ冗談を言える余裕ができた。
「恋人の顔を見間違えるわけがないだろう。もし俺がマリナの偽物を見かけたら、俺の彼女を怖がらせるなって怒ってやる」
私は牧人の力強い言葉にうっとりと聞き入っていた。牧人は本当に優しくてかっこいいな。
動きを知るためにフォローしておいた【ナリマチマリナ】のSNSの投稿を知らせる通知が届いたことに、この時の私はまだ気づいていなかった。
『ついに到着したよー。早く私に会いたいな』
後で投稿を確認してゾッとした。最新の投稿の写真の背景は、私も普段から利用している最寄り駅の駅前広場だった。
※※※
「おはようマリナ」
「おはよう寧音。遅刻ギリギリだよ」
「間に合ったならセーフ」
週明けの月曜日。遅刻ギリギリだった寧音が教室に駆け込んできた。寝ぐせが可愛くて、思わず私の表情も笑顔になる。
「マリナ。何か良いことあった?」
席につくと、寧音が私に聞いてきた。寧音のかわいい寝ぐせを抜きにしても、確かに今日の私は機嫌が良い。
「牧人との絆を、再確認できたことが嬉しくて」
「きゃー! 朝からお熱いね」
寧音は自分のことのように喜び、「このこの」と私をつついてきた。お互いにこの時は、そっくりさんのことも完全に頭から消えていた。
「時松先輩とのこと、もっと詳しく聞きたいな。放課後どっかでお茶しようよ」
「ごめん。行きたいけど、今日は夕方に宅配の荷物受け取るようにママに頼まれてて。寄り道はまた今度」
「えー、色々と聞きたかったのに。家の用事じゃ仕方ないけどさ」
そう言って、寧音は素直に引き下がった。寧音のこういう、場を盛り上げながらもガツガツしていないところは大好きだ。牧人だけじゃない。私は寧音の存在にも救われている。
「ホームルームを始めますよ。全員席に戻ってください」
担任教師の樹林寺人力先生が教室に到着し、朝のホームルームが始まった。
※※※
「ありがとうございました」
午後六時過ぎ。私はママに頼まれていた荷物を受け取り、配達員さんを見送っていた。配達の予定時間に多少の幅があるので仕方がないことだけど、この時間になるなら寧音と寄り道するぐらいの余裕はあったなと、少しだけもったいない気持ちになった。
荷物をリビングのはしに置くと、ソファーを独り占めして横になる。暇潰しに動画でも見ようとスマホを取り出すと、寧音からメッセージが届いていた。
『今日は楽しかったね。また行こう』
「何のこと?」
荷物の受け取りがあったので、寄り道はせずに、寧音とは学校で別れたっきりだ。
『寧音。送り先間違えてない?』
あの後、別の友達と遊びに行って、その友達に宛てたメッセージを、間違って私に送ってしまったのかもしれない。そう思って指摘したら。
『間違えてないよ。スイーツバイキング最高だったじゃん!』
寧音は送り先を間違えていないという。あまりにも話しが噛み合わない。メッセージではなく、電話で話してみることにした。
「寧音。何か勘違いしてない。荷物を受け取るからって、私は寄り道せずに帰ったでしょう?」
『マリナこそ言ってることおかしくない? 確かに学校で別れたけど、荷物はお母さんが受け取ってくれることになったからって、合流して遊びに行ったじゃん』
「ありえないよ。だって私、荷物を受け取るのにずっと家にいたもの」
『もう、さっきから何言ってるの。あっ、さてはドッキリだな? この間私がそっくりさんの話で怖がらせちゃったのを気にして、逆に自分が二人いるみたいな演出してるんでしょう』
「そんなこと……」
言いかけて、最悪の可能性を想像してしまった。私は間違いなく、荷物を受け取るためにずっと家にいた。だったら寧音と一緒にスイーツバイキングに行ったのは自分そっくりな【ナリマチマリナ】なのかもしれない。あいつはもう、すぐ近くまで迫っているんだ。
「……寧音。それ、本当に私だった?」
『私が親友のマリナの顔を見間違えるはずないでしょう。二人しか知らない秘密の話もたくさんしたし。ドッキリももう気がすんだでしょう。私も変な話をして悪かったって思ってたから、これでおあいこ。また明日ね』
寧音との通話が切れたスマホでそのまま、私は【ナリマチマリナ】のSNSを表示した。数分前にまた新しい投稿がされている。
『今日は放課後に親友とスイーツバイキング。私たち、これからも友達だよ』
「……何なのよこれ」
手に力が入らなくて、床にスマホを落としてしまった。
間違いない。寧音とスイーツバイキングに行ったのは【ナリマチマリナ】だ。しかも親友の寧音はそれが偽物だとまったく気づいてはいなかった。姿だけじゃない。性格や記憶まで私とまったく一緒なんだ。友達との間に、自分そっくりな見知らぬ誰が急に入り込んでくる。大事な場所を汚されたような気分だ。
私の日常が「ナリマチマリナ」に塗り潰されていく……。
「……うん」
週末の日曜日。私は恋人の時松牧人とファミレスでデートをしていた。牧人は同じ中学校に通う先輩で、お互いに所属している生徒会を通して仲良くなった。今日で付き合ってからちょうど三ヵ月だ。
「マリナ。もしかして具合悪い? 何だかボーっとしてるけど」
ごめんね。具合は悪くないけど、「ナリマチマリナ」のことばっかり考えていて、今日はあまりデートに集中できてなかった。気を悪くせず、私の体を心配してくれる牧人は優しいな。
「心配させてごめん。最近ちょっと変なことがあって」
「俺で良ければ話を聞くよ。一緒にいて楽しいだけじゃなくて、困っている時に力になるのも彼氏の役目だ」
「……実はね――」
牧人はいつだって私の心に寄り添ってくれる優しい恋人だ。不安を一人で抱え込むのには疲れた。私は思い切って牧人に、自分そっくりな「ナリマチマリナ」について相談することにした。SNSの投稿も見せながら説明したことで、牧人は驚きながらも、最後まで真面目に私の話を聞いてくれた。
「確かに不気味だけど、全ては偶然か誰かの成りすましで説明がつく。もしも遭遇することがあっても、相手はただの人間だよ。もしこの『ナリマチマリナ』らしき人を目撃したらすぐに俺に連絡して。俺が絶対にマリナを守るから」
「ありがとう牧人。こんな時になんだけど、凄くキュンとした」
恋人の口から全ては説明のつく出来事だと言ってもらえたことで、気持ちが楽になった。絶対に守るという、普段ならなかなか聞くことの出来ない言葉を聞けたこともすごく嬉しい。「ナリマチマリナ」のことは不気味だけど、今回の出来事が、私と牧人の絆を深めてくれたような気がする。
「私と偽物を見間違えたら嫌だからね」
心にゆとりが生まれたことで、少しだけ冗談を言える余裕ができた。
「恋人の顔を見間違えるわけがないだろう。もし俺がマリナの偽物を見かけたら、俺の彼女を怖がらせるなって怒ってやる」
私は牧人の力強い言葉にうっとりと聞き入っていた。牧人は本当に優しくてかっこいいな。
動きを知るためにフォローしておいた【ナリマチマリナ】のSNSの投稿を知らせる通知が届いたことに、この時の私はまだ気づいていなかった。
『ついに到着したよー。早く私に会いたいな』
後で投稿を確認してゾッとした。最新の投稿の写真の背景は、私も普段から利用している最寄り駅の駅前広場だった。
※※※
「おはようマリナ」
「おはよう寧音。遅刻ギリギリだよ」
「間に合ったならセーフ」
週明けの月曜日。遅刻ギリギリだった寧音が教室に駆け込んできた。寝ぐせが可愛くて、思わず私の表情も笑顔になる。
「マリナ。何か良いことあった?」
席につくと、寧音が私に聞いてきた。寧音のかわいい寝ぐせを抜きにしても、確かに今日の私は機嫌が良い。
「牧人との絆を、再確認できたことが嬉しくて」
「きゃー! 朝からお熱いね」
寧音は自分のことのように喜び、「このこの」と私をつついてきた。お互いにこの時は、そっくりさんのことも完全に頭から消えていた。
「時松先輩とのこと、もっと詳しく聞きたいな。放課後どっかでお茶しようよ」
「ごめん。行きたいけど、今日は夕方に宅配の荷物受け取るようにママに頼まれてて。寄り道はまた今度」
「えー、色々と聞きたかったのに。家の用事じゃ仕方ないけどさ」
そう言って、寧音は素直に引き下がった。寧音のこういう、場を盛り上げながらもガツガツしていないところは大好きだ。牧人だけじゃない。私は寧音の存在にも救われている。
「ホームルームを始めますよ。全員席に戻ってください」
担任教師の樹林寺人力先生が教室に到着し、朝のホームルームが始まった。
※※※
「ありがとうございました」
午後六時過ぎ。私はママに頼まれていた荷物を受け取り、配達員さんを見送っていた。配達の予定時間に多少の幅があるので仕方がないことだけど、この時間になるなら寧音と寄り道するぐらいの余裕はあったなと、少しだけもったいない気持ちになった。
荷物をリビングのはしに置くと、ソファーを独り占めして横になる。暇潰しに動画でも見ようとスマホを取り出すと、寧音からメッセージが届いていた。
『今日は楽しかったね。また行こう』
「何のこと?」
荷物の受け取りがあったので、寄り道はせずに、寧音とは学校で別れたっきりだ。
『寧音。送り先間違えてない?』
あの後、別の友達と遊びに行って、その友達に宛てたメッセージを、間違って私に送ってしまったのかもしれない。そう思って指摘したら。
『間違えてないよ。スイーツバイキング最高だったじゃん!』
寧音は送り先を間違えていないという。あまりにも話しが噛み合わない。メッセージではなく、電話で話してみることにした。
「寧音。何か勘違いしてない。荷物を受け取るからって、私は寄り道せずに帰ったでしょう?」
『マリナこそ言ってることおかしくない? 確かに学校で別れたけど、荷物はお母さんが受け取ってくれることになったからって、合流して遊びに行ったじゃん』
「ありえないよ。だって私、荷物を受け取るのにずっと家にいたもの」
『もう、さっきから何言ってるの。あっ、さてはドッキリだな? この間私がそっくりさんの話で怖がらせちゃったのを気にして、逆に自分が二人いるみたいな演出してるんでしょう』
「そんなこと……」
言いかけて、最悪の可能性を想像してしまった。私は間違いなく、荷物を受け取るためにずっと家にいた。だったら寧音と一緒にスイーツバイキングに行ったのは自分そっくりな【ナリマチマリナ】なのかもしれない。あいつはもう、すぐ近くまで迫っているんだ。
「……寧音。それ、本当に私だった?」
『私が親友のマリナの顔を見間違えるはずないでしょう。二人しか知らない秘密の話もたくさんしたし。ドッキリももう気がすんだでしょう。私も変な話をして悪かったって思ってたから、これでおあいこ。また明日ね』
寧音との通話が切れたスマホでそのまま、私は【ナリマチマリナ】のSNSを表示した。数分前にまた新しい投稿がされている。
『今日は放課後に親友とスイーツバイキング。私たち、これからも友達だよ』
「……何なのよこれ」
手に力が入らなくて、床にスマホを落としてしまった。
間違いない。寧音とスイーツバイキングに行ったのは【ナリマチマリナ】だ。しかも親友の寧音はそれが偽物だとまったく気づいてはいなかった。姿だけじゃない。性格や記憶まで私とまったく一緒なんだ。友達との間に、自分そっくりな見知らぬ誰が急に入り込んでくる。大事な場所を汚されたような気分だ。
私の日常が「ナリマチマリナ」に塗り潰されていく……。