猫と兎
13 彼女との再会
陽奈は一番奥の席に座っていた。他に客はいない。マスターは僕の姿を見て、いつもの調子で声をかけてくれる。
「立野くん、いらっしゃい」
「どうも」
陽奈の右隣に座っていた波流が、立ち上がって席を移る。二人の間に座れということらしい。
「陽奈、久しぶり」
「うん……久しぶり、だね」
陽奈が持つグラスの中の氷が、カランと音を立てる。彼女の頬はすっかり赤くなっている。けっこう飲んでいるのだろうか。僕はひとまず、ビールを注文する。
僕の想像よりもずっと、陽奈は可愛らしく成長していた。髪型は、肩上のボブカットで、少しだけ茶色に染めている。白いもこもこのニットに、黒のプリーツスカート。昔から華奢だったが、さらに痩せたかもしれない。
大人っぽいヌーディー・ピンクの唇が、言葉を紡ぐ。
「会いに来てくれて、ありがとう」
そして陽奈は、ふにゃんとカウンターに顎を乗せる。目はほぼ開いていない。よくよく彼女のグラスを見ると、背が低くて口径の広い、ウイスキーのロックで使うようなやつだ。
「波流、何飲ませたんだよ」
「その、ダージリンのリキュールで、参っちゃって」
「あちゃー……」
あれは甘い割に、アルコール度数が強い。なぜそんなものを陽奈が頼んだのかというと、僕がそれをよく飲むと聞いて、ということらしかった。
「で、説明してもらおうか」
「陽奈ちゃん、全部言っちゃうけど、いいよね?」
「ふぁーい……」
そのとき丁度、ビールが置かれる。マスターは、我関せずといった感じで、グラスを拭きにかかっている。いつもはカウンター越しだから、波流と隣で会話するのは違和感があるな、と思いながら。僕は事の顛末を、聞く。
陽奈の結婚は、破談になっていた。同じクラスの女子は式に呼ばれていたから、それを知っていたらしいが、違うクラスだった波流は、その日初めて知ったとのこと。
同窓会で陽奈は、あんな奴、婚約破棄してやった、と笑って話していたのだという。じゃあ僕と結婚してください!等という男性陣のおふざけにもとことん付き合い、終始楽しそうに過ごしていたそうだ。
もちろん、そんなのは強がりに決まっている。波流の呼びかけで、急遽女の子たちだけの二次会が決行され、そこで全てを聞いたそうだ。
陽奈の元婚約者には、他の彼女がいた。それを知らされたのは、式場の下見が終わり、あそこに決めようか、と予約しようとしていた頃。別の彼女が、妊娠したのだという。元婚約者は、その彼女とは別れるつもりでいたが、こうなった以上、責任を取らないといけないと言い始めた。
「まさか、自分がそんな修羅場に巻き込まれるなんてさ。なんか、昼ドラみたいだよね。笑っちゃうよ……」
そうして陽奈は泣き崩れ、皆で彼女を慰めた。
「それから、ヤケ酒したいなんて言うもんだから、ここに連れてきたってわけ」
「で、僕を呼び出したと」
「そういうこと」
陽奈はすっかり眠りこけてしまい、寝息すらたてている。
「これから、僕にどうしろと?」
「んー、あんまり考えてなかった。ほら、私もまあまあ酔ってるし。陽奈ちゃんが立野くんに会いたいって言うもんだから、勢いで電話しちゃったというか」
「あのなあ」
僕は二杯目のビールを頼む。ここまでの仮説は、立てていなかった。
時計を忘れたので、スマートフォンで時間を確認する。実家には帰れないが、自分のアパートには帰れる時間。だから、僕は問題ない。
「陽奈は今、どこに住んでるんだ?」
「実家って言ってた」
「もう帰れないぞ」
「朝まで飲むつもりでいたからね」
「このバカ……」
無茶をする陽奈にも、止めなかった波流にも、怒鳴りつけてやりたい気分だ。僕はビールを一気に飲み干す。
「立野くんの家に、泊めてあげればいいんじゃないかな?」
「どうしてそうなるんだよ!」
波流はケッケッと気持ちの悪い笑い声を出す。話し方がしっかりしていたので、大丈夫だと思い込んでいたのだが、これはかなり酔っている状態だ。僕はマスターに、視線で助けを求める。
「若いって、いいなあ……」
「ちょっ」
「私はここで夜明かしするからさ、立野くんは陽奈ちゃんをよろしく」
「真面目な話、ちゃんとしたところで寝かせてあげないと、可哀相だぞ」
マスターの一言に押され、結局僕は、陽奈を連れて帰ることになった。
「立野くん、いらっしゃい」
「どうも」
陽奈の右隣に座っていた波流が、立ち上がって席を移る。二人の間に座れということらしい。
「陽奈、久しぶり」
「うん……久しぶり、だね」
陽奈が持つグラスの中の氷が、カランと音を立てる。彼女の頬はすっかり赤くなっている。けっこう飲んでいるのだろうか。僕はひとまず、ビールを注文する。
僕の想像よりもずっと、陽奈は可愛らしく成長していた。髪型は、肩上のボブカットで、少しだけ茶色に染めている。白いもこもこのニットに、黒のプリーツスカート。昔から華奢だったが、さらに痩せたかもしれない。
大人っぽいヌーディー・ピンクの唇が、言葉を紡ぐ。
「会いに来てくれて、ありがとう」
そして陽奈は、ふにゃんとカウンターに顎を乗せる。目はほぼ開いていない。よくよく彼女のグラスを見ると、背が低くて口径の広い、ウイスキーのロックで使うようなやつだ。
「波流、何飲ませたんだよ」
「その、ダージリンのリキュールで、参っちゃって」
「あちゃー……」
あれは甘い割に、アルコール度数が強い。なぜそんなものを陽奈が頼んだのかというと、僕がそれをよく飲むと聞いて、ということらしかった。
「で、説明してもらおうか」
「陽奈ちゃん、全部言っちゃうけど、いいよね?」
「ふぁーい……」
そのとき丁度、ビールが置かれる。マスターは、我関せずといった感じで、グラスを拭きにかかっている。いつもはカウンター越しだから、波流と隣で会話するのは違和感があるな、と思いながら。僕は事の顛末を、聞く。
陽奈の結婚は、破談になっていた。同じクラスの女子は式に呼ばれていたから、それを知っていたらしいが、違うクラスだった波流は、その日初めて知ったとのこと。
同窓会で陽奈は、あんな奴、婚約破棄してやった、と笑って話していたのだという。じゃあ僕と結婚してください!等という男性陣のおふざけにもとことん付き合い、終始楽しそうに過ごしていたそうだ。
もちろん、そんなのは強がりに決まっている。波流の呼びかけで、急遽女の子たちだけの二次会が決行され、そこで全てを聞いたそうだ。
陽奈の元婚約者には、他の彼女がいた。それを知らされたのは、式場の下見が終わり、あそこに決めようか、と予約しようとしていた頃。別の彼女が、妊娠したのだという。元婚約者は、その彼女とは別れるつもりでいたが、こうなった以上、責任を取らないといけないと言い始めた。
「まさか、自分がそんな修羅場に巻き込まれるなんてさ。なんか、昼ドラみたいだよね。笑っちゃうよ……」
そうして陽奈は泣き崩れ、皆で彼女を慰めた。
「それから、ヤケ酒したいなんて言うもんだから、ここに連れてきたってわけ」
「で、僕を呼び出したと」
「そういうこと」
陽奈はすっかり眠りこけてしまい、寝息すらたてている。
「これから、僕にどうしろと?」
「んー、あんまり考えてなかった。ほら、私もまあまあ酔ってるし。陽奈ちゃんが立野くんに会いたいって言うもんだから、勢いで電話しちゃったというか」
「あのなあ」
僕は二杯目のビールを頼む。ここまでの仮説は、立てていなかった。
時計を忘れたので、スマートフォンで時間を確認する。実家には帰れないが、自分のアパートには帰れる時間。だから、僕は問題ない。
「陽奈は今、どこに住んでるんだ?」
「実家って言ってた」
「もう帰れないぞ」
「朝まで飲むつもりでいたからね」
「このバカ……」
無茶をする陽奈にも、止めなかった波流にも、怒鳴りつけてやりたい気分だ。僕はビールを一気に飲み干す。
「立野くんの家に、泊めてあげればいいんじゃないかな?」
「どうしてそうなるんだよ!」
波流はケッケッと気持ちの悪い笑い声を出す。話し方がしっかりしていたので、大丈夫だと思い込んでいたのだが、これはかなり酔っている状態だ。僕はマスターに、視線で助けを求める。
「若いって、いいなあ……」
「ちょっ」
「私はここで夜明かしするからさ、立野くんは陽奈ちゃんをよろしく」
「真面目な話、ちゃんとしたところで寝かせてあげないと、可哀相だぞ」
マスターの一言に押され、結局僕は、陽奈を連れて帰ることになった。