猫と兎
3- 指針
金曜日の夜。どこの居酒屋も混んでいて、僕と門木は四軒目でようやくビールにありつくことができた。
「かーっ、うめえ!生き返る!」
「門木、お前セリフがオッサン臭いぞ」
好き嫌いの無い同期は面倒でなくていい。僕は門木に好みを聞くことなく、さっさとスピードメニューを頼む。
今回も、例によって門木からの誘いだった。何でも重大な報告があるらしい。
「俺、彼女できた!」
「はっ?」
「しかも職場恋愛!あ、まだだけど」
「どういうことだよ!?」
聞くと、内定者懇談会で出会った女の子、つまりは四月から入ってくる新入社員に手をつけた、ということらしい。
「突っ込みどころ満載なんだが、とりあえずおめでとう」
「おう、今日は奢るから遠慮せずに飲めよ!」
そういうことらしいので、遠慮なく二杯目のビールと、揚げ物を頼む。
どうやら、前回ファミレスで会った時に熱心に話していた、ハーフ系の美女と付き合えたようだ。出会ってからそんなに間もないだろうに、奴もそうだが、彼女の方も凄いと思う。
僕はまだ、あの事をどうするか決めかねているというのに。
「万一、配属先が同じだったらどうするんだ?」
「その時はその時っしょ」
「周りにバレたら?彼女の立場的にキツくなるんじゃないのか?」
「そこはしっかりフォローするって」
「……僕はお前のそういうとこ、羨ましいよ」
深々とため息をつく僕の様子に、門木は声のトーンを落とす。
「立野、お前何か悩んでるのか?」
「詳しく話すと長くなるんだけど……」
「じゃあいいわ」
その答えを聞いて、僕はつい吹き出してしまう。こいつは入社した時から、長い話を嫌う奴だった。逆に僕は、門木に質問する。
「その子と付き合う時さ、お前は悩まなかった?自分と付き合うことで、彼女がどうなるかって」
僕はずっと、そのことを自問自答している。
陽奈を連れて行けば、彼女は慣れない環境の中、必死に僕のために尽くしてくれるだろう。けれど、結婚するとなったら。彼女は一度、婚約破棄されている。それだけに、不安は大きいだろう。僕だって、彼女を本当に幸せにできるのか、自信が無い。
もし、陽奈を振れば、また彼女を傷つけることになる。今度の傷がどのくらい深くなるか、全く想像がつかない。
そして、夕美のこと。彼女はおそらく、今の僕のことも、好きでいてくれている。さすがの僕もそれは解った。だけど、僕は彼女にふさわしい男なのだろうか。
「そういうことは、俺、考えなかった」
エイヒレを口に放り込みながら、門木はそう言った。
「まあ、俺だってバカじゃないから、職場恋愛のリスクは承知の上だよ。でも、好きになっちゃったのは仕方なくね?」
「彼女、凄い美人なんだろ?お前を卑下しているわけじゃないけど、自分なんかがって考えなかったのか?」
「いいや、別に。ただ、覚悟は決めてた。付き合うからには幸せにする、ってな」
軟骨のから揚げが運ばれてくる。門木はそれをホイホイ平らげていく。
「門木ってチャラチャラしてるけど男らしいのな。見習いたい」
「ま、どんだけ見習っても、立野は俺にはなれねえよ。何に悩んでるのか知らないけど、お前らしく答えを出せばいいんじゃね?」
門木はビールを注文する。僕は、自分がいつもより飲んでいないことに気付く。
「なあ門木、僕、お前のこと好きだよ」
「やめろ!俺はそういう趣味ないぞ!」
「そ、そうじゃなくて。お前みたいな奴が同期で良かったって褒めてるんだよ」
「はいはい!もう、びっくりさせんなよ」
高畑さんに、波流の店へ連れて行ってもらった頃辺りから。僕は正直、一人で飲むことの方が好きになりつつあった。
でもこうして、尊敬できる男友達との安居酒屋も、やはりいいものだ。しばらくそれを、忘れていた。
それから僕たちは、金曜日なのをいいことに、終電まで飲みまくった。
帰るなり、風呂にも入らずベッドに倒れ込み、昼になって目が覚めた。
シャワーで汗を流しながら、門木の言葉を反芻しつつ、息を整える。僕がこれからどうするか、その指針がようやく見えつつある。
「かーっ、うめえ!生き返る!」
「門木、お前セリフがオッサン臭いぞ」
好き嫌いの無い同期は面倒でなくていい。僕は門木に好みを聞くことなく、さっさとスピードメニューを頼む。
今回も、例によって門木からの誘いだった。何でも重大な報告があるらしい。
「俺、彼女できた!」
「はっ?」
「しかも職場恋愛!あ、まだだけど」
「どういうことだよ!?」
聞くと、内定者懇談会で出会った女の子、つまりは四月から入ってくる新入社員に手をつけた、ということらしい。
「突っ込みどころ満載なんだが、とりあえずおめでとう」
「おう、今日は奢るから遠慮せずに飲めよ!」
そういうことらしいので、遠慮なく二杯目のビールと、揚げ物を頼む。
どうやら、前回ファミレスで会った時に熱心に話していた、ハーフ系の美女と付き合えたようだ。出会ってからそんなに間もないだろうに、奴もそうだが、彼女の方も凄いと思う。
僕はまだ、あの事をどうするか決めかねているというのに。
「万一、配属先が同じだったらどうするんだ?」
「その時はその時っしょ」
「周りにバレたら?彼女の立場的にキツくなるんじゃないのか?」
「そこはしっかりフォローするって」
「……僕はお前のそういうとこ、羨ましいよ」
深々とため息をつく僕の様子に、門木は声のトーンを落とす。
「立野、お前何か悩んでるのか?」
「詳しく話すと長くなるんだけど……」
「じゃあいいわ」
その答えを聞いて、僕はつい吹き出してしまう。こいつは入社した時から、長い話を嫌う奴だった。逆に僕は、門木に質問する。
「その子と付き合う時さ、お前は悩まなかった?自分と付き合うことで、彼女がどうなるかって」
僕はずっと、そのことを自問自答している。
陽奈を連れて行けば、彼女は慣れない環境の中、必死に僕のために尽くしてくれるだろう。けれど、結婚するとなったら。彼女は一度、婚約破棄されている。それだけに、不安は大きいだろう。僕だって、彼女を本当に幸せにできるのか、自信が無い。
もし、陽奈を振れば、また彼女を傷つけることになる。今度の傷がどのくらい深くなるか、全く想像がつかない。
そして、夕美のこと。彼女はおそらく、今の僕のことも、好きでいてくれている。さすがの僕もそれは解った。だけど、僕は彼女にふさわしい男なのだろうか。
「そういうことは、俺、考えなかった」
エイヒレを口に放り込みながら、門木はそう言った。
「まあ、俺だってバカじゃないから、職場恋愛のリスクは承知の上だよ。でも、好きになっちゃったのは仕方なくね?」
「彼女、凄い美人なんだろ?お前を卑下しているわけじゃないけど、自分なんかがって考えなかったのか?」
「いいや、別に。ただ、覚悟は決めてた。付き合うからには幸せにする、ってな」
軟骨のから揚げが運ばれてくる。門木はそれをホイホイ平らげていく。
「門木ってチャラチャラしてるけど男らしいのな。見習いたい」
「ま、どんだけ見習っても、立野は俺にはなれねえよ。何に悩んでるのか知らないけど、お前らしく答えを出せばいいんじゃね?」
門木はビールを注文する。僕は、自分がいつもより飲んでいないことに気付く。
「なあ門木、僕、お前のこと好きだよ」
「やめろ!俺はそういう趣味ないぞ!」
「そ、そうじゃなくて。お前みたいな奴が同期で良かったって褒めてるんだよ」
「はいはい!もう、びっくりさせんなよ」
高畑さんに、波流の店へ連れて行ってもらった頃辺りから。僕は正直、一人で飲むことの方が好きになりつつあった。
でもこうして、尊敬できる男友達との安居酒屋も、やはりいいものだ。しばらくそれを、忘れていた。
それから僕たちは、金曜日なのをいいことに、終電まで飲みまくった。
帰るなり、風呂にも入らずベッドに倒れ込み、昼になって目が覚めた。
シャワーで汗を流しながら、門木の言葉を反芻しつつ、息を整える。僕がこれからどうするか、その指針がようやく見えつつある。